ヒクメット「恐らくはメメットへのわたしの最後の手紙」Nâzım Hikme

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恐らくはメメットへのわたしの最後の手紙
                   ナジム・ヒクメット/大島博光訳

一方では
   死刑執行人どもが壁のように
      わたしらの間をひき離し
他方では
   あのこころ卑劣な奴が
      ひどい仕打ちをしかけた
息子よ メメットよ
   恐らくわたしはもう おまえに会うことはできなかろう
わたしにはわかる
   お前は 麦の穂先にも似た 少年となろう
わたしの若い頃にはそうだった
金髪で すらりとして背が高かった
おまえの眼はお母さんの眼のように
ときおり悲しみのにがいかげりをたたえる 大きな眼となろう
おまえは明るく晴れやかな額をもち
また美しい声音をもとう
   わたしの声はごっついものだった
おまえのうたう歌は
   ひとびとの心をひきむしり
おまえは輝やかしい語り手となろう
わたしもまた機嫌のいいときには
その道の名人だった
蜜がおまえの口から流れよう
    ああ メメット
      おまえはなんとひとびとの心をとらえる
         死刑執行人となることか!
息子を父親なしで育てるのはむつかしいことだ
おまえのお母さんに苦労をかけるな
   わたしはお母さんをよろこばせてやれなかった
   おまえはお母さんをよろこばせてくれ
お母さんは
   絹のように強く やさしかった
お母さんは
   お婆さんの年になっても美しかろう
わたしが ボスフォールの堤防のうえで
   初めてお母さんを見た頃のように
   そのときお母さんは十七だった
お母さんは月の光り
      陽の光りだった
お母さんはすももの実に似ていた
いつものようなある朝
   「今晩会おう」と言って
     わたしたちは別れた
それ以来わたしたちはもう会えなかった
世にもかしこい優しさをもった
   おまえのお母さんが
百までも生きていてくれるよう
   神が彼女を祝福してくれるよう
わたしは死を恐れないが 息子よ
それでも
   仕事をしているときなど時おり
思いがけずふと
   わたしはぞっと身ぶるいする
あるいはまた眠りこむおまえの孤独のなかで
先ざきのことを思いはかるのはむずかしいことだ
   誰もこの世に満ちたりることはできぬ
   メメットよ
     誰も満ちたりることはできないのだ

下宿人などのように
   あるいはまた自然にかこまれた
      別荘暮らしなどのように
この地上で生きるな
この世界のなかに生きるがよい
それが おまえの父の家だったように
信じるがよい 穀物を
     大地を 海を
だが何よりも人間を
愛するがよい 雲を 機械と本を
だが何よりも人間を
感じとるがよい
   枯れてゆく木の枝の悲しみを
   消えてゆく星の悲しみを
   傷ついたけものの悲しみを
だが何よりも人間の悲しみを
この世のすべてのしあわせが 惜しみなく
   おまえに悦びを与えてくれるよう
四季それぞれが 惜しみなく
   おまえに悦びを与えてくれるよう
だが何よりも人間が  惜しみなく
   おまえに悦びを与えてくれるよう
わたしらの祖国トルコは
   ほかの国ぐににくらべても
      うつくしい国だ
わがトルコのひとびとは
   まじり気のない無垢のひとびとは
働きもので
   考えぶかく 勇敢だ
だが おそろしく貧乏だ
いままでも苦しんできたし いまも苦しんでいる
だが ついに輝やかしい解決の日がやって来よう

おまえは祖国で 祖国のひとびとと共に
   共産主義をうちたてるだろう
おまえはその眼で共産主義を見るだろう
おまえはその手でそれに触れるだろう

メメットよ わたしは恐らく死んでいよう
遠くわたしのことばから離れ
   わたしの歌からはなれ
わたしの塩とパンから遠く離れて
おまえとお母さんのことを思い
祖国のひとびとと同志たちのことを思いながら
   だが 亡命の地ではなく
      異国ではなく
つねにわたしの夢みた祖国で死のう
   わたしのもっとも美しい時代の白い都で
メメットよ 息子よ
   わたしはおまえを
      トルコ共産党に預ける
わたしは行ってしまうが 心は静かだ
わたしのなかで消えてゆく いのちは
まだずっとながいこと生きつづけるだろう おまえのなかで
そうしてわが祖国のひとびとのなかで 永遠に

(自筆原稿)
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