博光最後の松代帰郷

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5月28日(日)くもり
松代の義妹ふみえさん死亡 八十二才
朋光の車で十年ぶりに松代に行く
モータリゼーションやオリンピック景気で
野は高速道路網に蔽われ
りんご畑 桃畑と工場が混在し
野下に高層のホテルが建つ
(1995年のメモ帳)

◇   ◇   ◇
 このメモを目にして、博光最後の松代帰郷の日のことが思い出された。
 ふみえさん死去の電話が博光からあったので、車で一緒に松代に行きましょうか?と言うと、思いがけず「行ってみるか」と返事があり、初めて車で中央高速から行くことになった。諏訪を経由して長いトンネルを幾つも通って松代に着いた。未だ軽井沢経由の上信越道は開通していなかった。妹達が「兄さん、よく来てくれましたね」と喜んで迎えてくれた。
 葬儀のあいさつを済ませたあと長谷川健さんの家を訪問した。白壁の塀が続く城下町の通りにあり、門をくぐると庭全体が大きな池になっていて鯉が泳いでいるのでびっくりした。この池は泉水と称し、松代の武家屋敷では普通にあるもので、往時はタンパク源として鯉を育てていたことを後に知った。長谷川健さんは博光の姿に憧れて早稲田の文学部に入ったという古くからの友人で、しばし旧交を温めた。
 さいごに千曲川・弁慶ワクに行った。土手を降りて川岸に立ち、懐かしい千曲川の流れを見やった。上流に赤坂橋と川柳、川下はるかに望む石切場と白い姿のロイヤルホテル、対岸に遠くそびえる飯縄山。別れを惜しむようにいつまでもたたずんでいた・・・。
◇   ◇   ◇

聞けば 開発の波がおしよせてきて
その水の岸べを 削り荒らしているとか

だが わたしの心のなかの水の流れを
だれが汚し 奪いとることができよう

その水は わたしの夢のなかを流れ
その水は わたしの血のなかを流れ

わたしの生まれる ずっと前から流れ
わたしの死んだあとも 流れつづけ

その水に わたしは生を飲んだのだ
千曲川よ

(「千曲川 その水に」1991年)

西寺尾にて葬儀

松代町西寺尾の実家にて妹たちと。(左から博光、文さん、美恵さん、小枝さん。日時不詳)

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