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強烈な人間賛歌 ─ピカソ素描

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 強烈な人間賛歌 ─ピカソ素描
                              詩人 大島博光

 東京・上野の森美術館でピカソ展がひらかれています。展示される作品のなかでも、「青の時代」「キュビスム」「新古典派」とさまざまな技法を展開しています。これらの技法の変化はどのようにうまれたのか──詩人で「ピカソ」(新日本新書)の著者としても知られる大島博光さんに聞きました。

 フランスで育ったスペイン人、ピカソ
 こんどのピカソ展は、青年時代から晩年までの作品を網羅した七十九点にのぼる多彩なものである。長い生涯におけるピカソの人と芸術を語るのは容易ではない。
 まずピカソはゴヤやヴェラスケスの伝統につちかわれ、闘牛に象徴されるこの国の光と影をその身に深く秘めたスペイン人であり、青年時代以後をフランスで過した画家である。
 その人となりを知るのに大事なのは、少年時代、オルタ・デ・エプロという山の村でひと夏を過ごした体験である。彼は村の農民たちの生活にとけこんで、牛乳をしぼったり、ロバの世話をしたりした。こうして彼はスペインの人民と風物にふかく結びつく。

 「表現したい何かに必要と感じた技法」
 その頃、スペインはキューバをめぐるアメリカとの戦争によって疲弊し、人民の貧窮に拍車をかけていた。「青の時代」の作品はそれをよく反映している。「ラ・セレスティーナ」(売春をとりもつ女)はその傑作のひとつである。彼女は青色の背景のうえにさらに濃い青の、頭巾付きのマントを着、左目は盲目の老女である。売春をとりもつ女といういかがわしい表情はほとんど消えて、「片目の老女」と呼ぶほかはない重々しさをもつ。若いピカソはすでに苦い現実を深く凝視していたのである。
 
 一九一〇年頃からピカソのキュビスム(立体主義)追求が始まる。対象を切子のような幾何学的な面に分解して、それを再構成する手法で、「ギターをもつ男」もその代表のひとつである。
一九二二年には、このキュビスムとは全く相反する、いわゆる新古典主義的と呼ばれる「海辺を走る二人の女」が描かれる。地中海の太陽と汐風を浴びて走る二人の女たちはギリシャの円柱のような太い脚と腕をもち、たくましい動きと造形を与えられている。手法の豹変を問われたピカソは答える。「表現したい何かがあったとき、わたしはそのつどそれを表現するに必要と感じた手法で表現してきた」

 自由を愛する力強い人間賛歌
 その後、多様な手法による肖像画がぞくぞくと描かれる。古典的な手法で描かれた端正な「オルガ像」。父性愛の途れる優しさで息子を描いた、甘美な「ピエロに扮するポール」。一九三〇年代、人民戦線とスペイン戦争の時代には、有名な「ゲルニカ」が描かれる。肖像画では、ドラ・マール、マリー・テレーズなどの恋人たちが、また詩人エリュアール夫人ニューシュが、直接的に、あるいはキュビスム風に、人物の眼のなかのきらめきとともに、フォルム(かたち)の歌とともに、造形的に、時に叙情的に描かれる。「マリー・テレーズに導かれる盲目のミノタウロス」は、たくさんの女たちを食ってきたおのれの業の深さにおののく盲目のミノタウロスに託された、ピカソ内面の自画像であろう。
 この人民戦線の時代、ピカソは親友エリュアールとともにつねに人民の側に立っていた。その後二人は相ついで、「泉へ行くように」共産党に入る。
 一九六〇年頃、八十歳近いピカソは、ヴェラスケス、ドラクロワ、クールベなどの巨匠たちの傑作のヴァリエーションを試みる。音楽における「バッハの主題によるヴァリエーション」のように。「草上の昼食」はマネの主題によるヴァリエーションである。しかしピカソは模倣しない。彼は先輩たちのテーマや構図をかりて、自分自身の絵画の言葉で語り直す。人物たちはピカソ独特のポーズや描写や配置を与えられて、全く新しいものとなる。それによって彼は先輩たちに敬意(オマージュ)をささげているのだ。
 ピカソのまなざしは率直で激しく、大胆で斬新で人間的であり、どんな束縛をも知らぬ自由さによって、生きる悦びや悲しみ、夢や心の内奥(ないおう)の歌をひびかせる。それは力強い人間賛歌にほかならない。

「パリ・国立ピカソ美術館所蔵 ピカソ展」六月十四日まで。東京・上野の森美術館(☎03−327218600)にて

(『民主青年新聞』1999.4.26  みんしんアカデミー)

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