ヒクメット「郵便配達夫 」

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 郵便配達夫
                ヒクメット/大島博光訳

わたしは こころの鞄のなかに
いつも入れて歩いたものだ
  人間の便り
    世界と祖国の便り
      狼と木と小鳥の便り
夜明けにも
  夜ふけにも
わたしはこの郵便をひとびとに配った
    わたしは詩人を職業とした
    こうしてわたしは郵便配達夫だった

子どもの頃
  わたしは郵便配達夫になりたかった
だが詩の道にはいってしまった
ほんとうにわたしは真実の郵便配達夫になろうと夢みた
そうしてジュール・ベルヌの小説の頁に
わたしの地理の本のなかに
    おんなじ繪が
      色鉛筆で
    いくどとなく描かれた
    おんなじ郵便配達夫の肖像が
      つまりナチムの肖像が
こうしていま わたしはそりに乗っている
   つないだ犬たちをむち打ちながら
     そりは氷のうえを滑べる
そのまま 缶詰の箱のうえに
  荷作りした行李のうえに
    オーロラがかがやく
  わたしはバンドをぎゅっと締め
  ベーリング海峡を渡るのだ

またわたしは草原(ステップ)にゆく
    重ぐるしい雲の影のなか
わたしはたくさんの手紙をくばる
    軍隊式の淡白さで
      そうして少しばかりのミルクを飲む

また わたしは大きな都會の
   ふるえるアスファルトのうえをゆく
わたしの鞄のなかには
  ただよろこばしい便りばかり
  希望を告げる手紙ばかり

またわたしは 星の下
     砂漠のなかをゆき
あるいはまた
    外のくらやみのなかにいる
    嵐がたけり狂っている
そうしてどこかで病気の少女が
      熱にうなされている
夜なかに戸がたたかれる
──郵便配達だよ!
その子どもの眼は青くひらかれる
彼女の父は明日の晩 牢獄からもどってくるだろう
    わたしは彼女の家を見つけた
嵐のなかを
  そうしてわたしは小さな隣人に
      電報をとどけた

子どもの頃
    わたしは郵便配達夫になりたかった
わがトルコでは それはつらい職業だったが
このうつくしい国で
   郵便配達夫のはこぶのは
   悲しみで重い電報と
   苦しみにみちみちた手紙ばかり

子どもの頃
    わたしは郵便配達夫になりたかった
わたしの夢はついにかなえられた
    ハンガリーで
わたしにとって五十才の鐘が鳴ったとき
わたしの鞄のなかには 春があり
わたしの鞄のなかには たくさんの手紙があった
ダニューブの波のかがやきと
  小鳥たちの音楽と
    草花の香りにみちたたくさんの手紙
モスコーへ送るブタペストの子どもたちの手紙
わたしの鞄のなかには
  このうえないしあわせが入っていた
    ひとつの封筒のうえには書いてあった
    「ナチム・ヒクメットの息子メメット
                トルコにて」と

モスコーで これらの手紙をひとつひとつ
  その宛名先にわたしはくばるだろう
ただひとつ
  わたしが配るのを禁じられている手紙は
メメットへの手紙だ
  わたしはそれを送ることさえできぬ
憲兵が通りをさえぎっている
だから手紙は
  どうしてもおまえには送られぬだろう

(自筆原稿)
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