「神の国」考

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 「神の国」考
                   大島博光

またしても お偉方の口から ふと
こぼれ落ちる「神の国」
つい口がすべったのではない
内から溢れるものがこぼれ落ちたのだ

お偉方は 郷愁のように なつかしげに
「神の国」をバラ色にほのめかしてみせる
教育勅語とか 徴兵制とか 治安維持法とか
白い馬にまたがった現人神とか
そんな「神の国」の仕掛けが夢なのだ
人民なんか また奴隷のようにあやつればいい
「神の国」はすばらしかった……

わたしはその「神の国」で青春を過した
わたしもその「神の国」を思い描いてみよう

その頃も ひどく不景気で 息苦しかった
街には 失業者が溢れていた
学校を出ても 働きぐちはなかった
東京市電ストライキとか
有名な「太陽のない街」のストライキとか
大きなストライキがぶたれていた
東京市電・高円寺車庫にわたしもビラを撒きに行った
車庫の石畳が油にかぐろく染まっていた

わたしは学生だった
教室で「戦旗」が手渡しに配られた
「神の国」に反抗する「プロレタリア」が踊っていた
小林多喜二や宮本百合子が勇敢に不屈に
プロレタリア文学を高くおし上げていた

プロレタリア演劇をわたしは築地小劇場で観た
眼の前の「母」や「どん底」の舞台の上から
俳優たちがしょっぴかれてゆくのを見た
わたしはまたプロ・キノ*の活動を読売講堂で観た
エクランにはメーデーの行進が映され
その行列のなかから活動家たちが引き抜かれてゆく姿が
映しだされた
私たち観衆は床を踏み鳴らして「赤旗の歌」をうたった
わたしはまた、上野の自治会館でひらかれた
P・M(プロレタリア音楽同盟)の演奏会にも行った
わたしたち溢れた聴衆は公園の植込みの影のなかで
「インターナショナル」をハミングで合唱した

まもなくそれらの「プロレタリア」たちは
ふみつぶされ 牢獄にぶち込まれ
虐殺され 沈黙へと追いやられた
勅令による治安維持法がすべてをなぎ倒した

「神の国」 が牙を剥きだして人民に襲いかかった
街にも学園にも いたるところ
鋭い目をした犬どもがうろついていた
警察のブタ箱は 若者で溢れていた

ひるひなか 街なかで人間がひっ捕えられ
留置場に投げ込まれて なぐりつけられ
からだじゅう紫腫れになぶり殺された
小林多喜二のように 裁判抜きで

きのうまでいっしょに働いていた仲間が
きょうはもうどこにも姿をみせない
生きてるのか死んでるのかわからない
まるで神隠しに遭ったように
人間が忽然と消える そんな時代だった


狂気の軍刀と長靴がのさばっていた
戦争を煽る声がかまびすしくなり
学校の校庭でも軍事教棟をやらせられた
むろん戦争反対を叫んだ者は
みんな牢獄にぶちこまれた

道は掃き清められ 道はひらかれた
侵略戟争への通が
奈落への通が

ひと呼んでこれを天皇制ファシズムという
またひと呼んでこれを「神の国」という

 ※ プロ・キノ──プロレタリア映画同盟

           二〇〇〇年十一月

(『民主文学』2001年2月号)
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