ジャックリーヌ・ロックと「カリフォルニー」荘(3)ジャックリーヌ・ロック

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(3)ジャックリーヌ・ロック

 シルヴェットとのエピソードがそのまま終わった後、こんどはペルピニャンで出会った、栗色の髪をした若い女、ジャックリーヌ・ロックがピカソの人生のなかに入ってくる。ピカソは七十三歳であった。
 ジャックリーヌは、小さな娘のある、離婚した若い女で、ちょうどフランソワーズとシルヴェットのあいだの年齢であった。一九五五年二月、オルガ・コクローヴァが死んだ後、彼女はピカソ夫人となり、ピカソ最後の伴侶となる。彼女はドラ・マールの時代以後、ピカソが描いたもっともうつくしい肖像画のモデルとなり、ピカソを鼓舞する。(「手を組んだジャックリーヌ」「トルコ衣裳のジャックリーヌ」「ロッキング・チェアのジャックリーヌ」など。)
 この年、ピカソは初めて全国作家委員会の恒例の書籍販売会に、「戦争と平和」(解説クロード・ロワ)をもって参加し、共産党員および支持者たちから大衆的な支持をうけ、成功をかちとる。

 一九五五年六月、ピカソはカンヌの丘の上の別荘「カリフォルニー」荘を手に入れ、そこに移る。この海に面したロココ風の別荘は、棕梠とユーカリの大樹の植わった広い庭園にかこまれていた。その庭園にピカソは自作の彫刻を並べた。
 ここでピカソは、秋から翌年の春にかけて、有名な「アトリエ」の連作を描く。陽光に輝く庭園のうえにひらいた窓、棕梠の木々、ひろいアトリエには、立てかけた画布、家具、日常品など。それらの簡潔な構図がかもしだす、ニースのエキゾチックな雰囲気。そこにはまた、先年亡くなったマチスヘの敬意(オマージュ)をよみとることができる。「アトリエ」のきわめて東洋的な、ほとんどムーア風な様式は、その数ヶ月前に描かれた「アルジェの女たち」のいくつかのヴァリエーションを思い出させる。これら二つの作品の主要人物は、いずれもジャックリーヌである。
(つづく)
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