同人誌『東京派』と大島博光

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 一九二九年、第二早稲田高等学院に入学した大島博光は同級生の田村泰次郎、河田誠一らと知り合い、翌年十二月、同人誌『東京派』を創刊した。誌名の由来について田村泰次郎は<当時パリやニューヨークで新しい実験的文学を推進しているグループがあり、前衛雑誌をだしていたが、それに呼応する意気込みで、東京グループという意味で「東京派」を名乗った>と述べている。(『わが文壇青春期』)
 『東京派』は昭和五年から六年までの一年間で六冊出した。博光は小説「肥厚性鼻炎」「ヴァリエテ」「遂げず」「アキレス」、翻訳「巴里の農夫」「人間─アンドレ・ブルトン ポオル・エリュアル」「ロオトレアモン 虚無の犠牲─ピエェル・オオダル」を執筆している。『東京派』に詳しい紅野敏郎は<大島博光の「アキレス」は中学一年より五年に至るプロセスを、簡潔にしてスピード感のある、散文詩的文体で展開したものである。・・・これが高等学院に入りたての若者の文かと思うほどで、自然主義の伝統、その流れからは、完全に身を飛翔しているではないか。・・・>と評価している。《紅野敏郎<逍遥・文学誌7 「東京派」─田村泰次郎・大島博光・河田誠一ら>(国文学 解釈と教材の研究37 一九九二年)》
 博光の第二早稲田高等学院時代の活動を知る上でも、創作活動の出発点の作品に触れる上でも貴重な資料となります。
(資料提供 重田氏)
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