あの子はいつ来るんだろう?  ──コミューンの前夜 (7)うるわしい共和主義の春

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(7)うるわしい共和主義の春

  パリよ コミューンを宣言しろ!

 パリはこのリフレーンをながいこと「月にむかって吠え」つづけて、ついに一八七一年三月二十七日に実現することになる。
 この詩はすでにそれを予告していたのである。

 詩人ジャン・バティスト・クレマンも、コミューンに先だつ数年前の一八六八年に、すでに革命の到来を待ち望んで、つぎのように歌っている。

  厚い霧が 降りてきて
  おれたちに手をのばす未来を
  墓のなかに投げ込まなければいいが──
  生きて おれたちはつくり出したい
  おれたち 人民のフランスに
  うるわしい共和主義の春を

 「うるわしい共和主義の春」──コミューンがやってきた時、クレマンはかれの十八区モンマルトルから選出され、人民の代表として最後までバリケードのうえで戦うことになる。
 その頃クレマンは、すでにパリ警視庁から追われる身であったが、かれは「共和主義の春」を準備するために、困難を冒して新聞『カルマニョール』、ついで『ル・カッス・テート』(棍棒)を出して、評論や詩を発表した。新聞は、マントにかくして、読者の手から手へと渡り、夜、こつそりと壁や門の扉に貼られた。
 こうして「共和主義の春」を待ち望む希望の歌は、検閲の目をくぐって、民衆にうたわれたのである。
 ポティエの 『あの子は いつ来るんだろう』も、そのような春をまつ歌である。
(つづく)
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