あの子はいつ来るんだろう?  ──コミューンの前夜 (6)一八七〇年十月三十一日

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(6)一八七〇年十月三十一日

 一八七〇年十月三十一日の朝、パリは三つの衝撃的なニュースで目がさめる。パリ近郊の要衝ブールジェの陥落、十七万五千の軍隊をもつ「光栄あるバゼーヌ」がメッスで降伏したこと、そして休戦交渉のためにティエールがパリに到着したこと、の三つである。
 メッス降伏の情報は、すでに数日前の十月二十七日付『ル・コンバ』(戦闘)紙によってすっぱ抜かれていた。「バゼーヌはメッスを明け渡し、ナポレオン三世の名で講和を結ぼうとしている。かれの副官がヴェルサイユに着いた」と。「国防」政府の首相トロシュは、それは「卑劣な」デマであると否定して付け加えた。「光栄ある軍人バゼーヌは、輝かしい出撃によって包囲軍を悩ましつづけている」と。
 いまや、メッス降伏の報道が事実となり、さらに休戦条約が調印されようとしていることを知って、だまされていたのに気づいたパリ市民の怒りは爆発した。「トロシュを倒せ! 休戦反対!コミューン万歳!」の叫びとともに、怒った群衆──デモ隊が市庁舎(国防政府)に押しかけ、市庁舎前の広場をいっぱいに埋めた。
 群衆に釈明しようとしたトロシュの声は、「トロシュを倒せ!」の叫びにかき消された。デモ隊の先頭にいたブランキ派は、政府の総辞職を要求した。新しい政府を構成する人物の名前が、各派の口から飛び出して、果てしない小田原評定となった。そのあいだに、トロシュは態勢をととのえて、自分たちの部隊を市庁に呼び、また市民のデモ隊に反対する自分たちの御用デモ隊を組織した。やがて「コミューンを倒せ!」の叫びが広場に湧きあがる。
 その間、ブランキとフルーランスらの革命派は、選挙民を招集してパリ市議会の選挙をおこなうことを論議し、市議会選挙管理委員会は、翌十一月一日、各区四人ずつの議員から成るパリ市議会の選挙をおこなうという布告を掲示した。
 これが夕方の情勢であった。しかし、深夜、トロシュに忠実なブルターニュ遊動隊が地下道から市庁舎に侵入し、労働者軍を外へ追い出してしまう。よろめいていた「国防」政府は勝利をおさめ、市議会選挙を妨害する措置をとる……。

 この日、詩人ポティエも、パリ市庁舎前のデモ隊のなかにまじっていたにちがいない。かれはこの日のことをつぎのように歌っている。

 一八七〇年十月三十一日
                       ポティエ
人民は だまされたのに気がついた
空(むな)しく 月にむかって吠えていたのだ
そこで みんなで市庁に押しかけた
パリよ コミューンを宣言しろ!
      
やっちまえ あの能なしの独裁者(1)どもを
サント・ペリヌ(2)の 養老院へ
奴らの 聞くも哀れな悲しげな声に
戦士たちの方が 面くらう
フランスが 息も絶え絶えのとき
「帝政」にはめられた 口寵(くつご)(3)を
奴らは 優しく締め直していたのだ
おれたちの 革命にそなえて

奴らは 阿呆なのか 共犯者なのか
奴らの うすのろばかりの委員会は
休戦の噂のひろまる時に わめき立て
いやいやながら 大砲を鋳造(つく)る
外敵よりも 人民が怖ろしくて
奴らは 人民をおどしつけながら
そのふにゃふにゃに ふやけた手で
九三年(4)を 握りつぶそうというのだ

貪欲なやつらに 買占めされて
市場のなかは がらん洞で空っぽで
腹ぺこの人たちが 穴だらけの靴で
肉屋の店さきに 列を作って並んでいる
いつも裏切られて 食うや食わずの
惨憺たる君たち 蜂起して立ち上れ
魚雷のように 爆発するがいい
今も踏んづけられようとしている君たち

着飾った奴らの家は ひっそり閑(かん)だ
裸足(はだし)のひとたちよ 前進しよう
のぼる朝日のように 赤い
赤いコミューンを 選び出そう!
張子の虎の 将軍どもの
大砲を使わぬ戦術など うっちゃって
おれたちは突破口を 切りひらこう
ダントン(5)の亡霊に みちびかれて
こん夜から 町じゅうは大騒ぎ
ファーヴルやトロシュがやじり倒され
敵の退(の)いた 城壁のまわりで
パリは カルマニョール(6)を踊る
いまに 卑怯な ブルジョアどもは
健康な庶民に追いつめられ
古い ゴールの柏(かしわ)の 枝に
バゼーヌの輩(やから)は 吊されるだろう

人民は だまされたのに気がついた
空しく 月にむかって吠えていたのだ
そこで みんなで市庁に押しかけた
パリよ コミューンを宣言しろ!
                 (一八七〇年十一月一日)


(1)能なしの独裁者たち──「国防」政府の閣僚で、フェリー、ジュール・シモン、ピカール、およびトロシュ将軍を指す。かれらはずっと以前から降伏を決意していた。
(2)サント・ペリス──パリ十六区ミラボー街にある養老院。
(3)口籠(くつご )──動物が噛みつかないようにつける。口輪(くつわ)ともいう。
(4)九三年──一七九三年のフランス大革命を指し、ここでは新しい九三年──新しい革命を意味する。
(5)ダントン──(一七五九〜一七九四)大革命の時の、山獄党の指導者のひとり。雄弁をもって知られる。パリに迫る外国軍にたいして祖国防衛軍を組織する。一七九二年九月、外国軍のパリ進撃が予想され、コミューンの命令で警鐘が乱打され、議会ではダントンが叫んだ。「かねは警鐘ではなくて祖国の敵への攻撃のあいずだ。敵に勝つためには、勇気が、さらに勇気が、いつでも勇気がわれわれに必要だ。」(西海太郎『フランス現代政治社会史』四六ページ)ダントンは後に、ロベスピエールの恐怖政治を終らせようとして逆にロベスピエール派によって処刑される。
(6)カルマニョール──一七九二年から九五年にかけて、革命軍や大衆のなかで流行した革命歌と踊り。

(つづく)
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