組詩 ピカソ

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 組詩 ピカソ
               大島博光

きみはスペイン・アンダルシアの牡牛だ
角ふりたてて突進する野性の男だ
しかしきみの血のなかにはまた
ゴヤやヴェラスケスの光や影も流れている
そしてきみの鳥小屋には
白い鳩も棲んでいる
   *
描くにも 生きるにも
きみはどんな束縛も強制も知らない
きみにはどんなタブーも禁制もない
きみの愛した地中海の海のように
きみは自由だ 奔放だ
その海に吹く風のように
   *
熟練と野性と 洗練と素朴さと
複雑と率直さと 繊細と大胆さと
それらの奇妙な共存こそきみのものだ
そこから驚きが生まれ 衝撃が生まれ
美の奇跡が生まれる
そうしてきみは新しい扉をひらいた
『アヴィニョンの娘たち』によって
   *
一九三七年一月
夏のパリ世界博覧会のスペイン館を飾る壁画を
ときのスペイン共和国政府はきみに依頼する
きみは引きうけたが 何を描くか
主題をさがしあぐねている
あたかもその時 怖るべき悲報が
世界じゅうを駆けめぐる
─「ゲルニカの悲劇」だ
スペイン北部 ビスケー湾にほど近い
無防備の小さな町ゲルニカが
ナチス・ドイツ空軍の波状攻撃によって
全焼し 逃げまどう市民たちは
機銃掃射によって皆殺しにされた
悲報は世界を衝撃し震憾させる
スペイン人民のひとりであるきみの怒り
きみの憤怒のほどを
やがてわれわれは眼(ま)のあたりにするだろう

こうしてひとりの画家と歴史との出会いから
ひとりの画家の内部と外部世界との出会いから
『ゲルニカ』は生まれる

臓腑(はらわた)をさらけ出し 足を踏ん張って
死のいななきをあげている馬
地に横たわった兵士 堅く握られた折れた剣
死んだ子どもを抱いて泣き叫ぶ母親
平然として立っている牡牛
吹き出す火と煙の下で 両手をあげて叫ぶ女
これらすべての上にランプの手を長く伸ばして
すべてを照らし出そうとする若い女・・・

それら きみの内部を通して生まれてきたものたち
それら きみの意識・感情を通過してきたイメージ群
それらがキュヴィスム風に再構成されて
『ゲルニカ』を構築する

ここにゴヤの『五月四日の夜』とは
まったくちがった戦争が描かれる
画家が戦争のなかへ行ったのではなく
戦争が画家のなかへ入ってきたのだ

それらのイメージ群の再構成は
はじめ ひとびとにはわかりにくかった
ひろく人民に訴える芸術にはふさわしくないと言う者もいた

しかしだんだんひとびとにもわかってきたのだ
それが 自然主義をはるかうしろに超えて
キュビスムを通過して到達した
二〇世紀のレアリスムだということが

『ゲルニカ』は 内容において
「戦争の世紀」二〇世紀を象徴するものとなった
そうして 形式において
「意識と無意識の世紀」二〇世紀の
レアリスムを提示するものとなった

そうして『ゲルニカ』は ファシストの
虐殺と暴虐を永遠に告発しつづけるだろう
   *
一九四四年十月 きみはフランス共産党に入った
「わたしの入党は わたしの全生涯
わたしの全作品の当然の帰結である・・・
泉へ行くように わたしは共産党へ行った」と
きみは詩人のことばで語った

敵は 共産党員ピカソを消しさり
蔽いかくそうと躍起になった
きみの党員證は盗みとられた

しかしきみのほんとうの党員證は『ゲルニカ』なのだ
どうして『ゲルニカ』を消しさり
蔽いかくすことができよう
   *
きみはたくさんの女たちを愛した
あの迷宮のミノタウロスのように
女から女へと
チョボチョボときみが好んで描いた
「女のしるし」から「女のしるし」へと

貴族のように典雅に古典的に描かれた妻オルガ
『盲目のミノタウロスをみちびく小娘』は
十七歳の小娘マリ・テレーズだ
みちびかれる盲目のミノタウロスは
おのれの内なる暗い力におののきながら
大きな鼻づらとうつろな白い眼を空にむけて
その業の深さと罪をおらぶのだ
これはその時のきみの内面を描いた
きみじしんの自画像にほかならない
 
それからスペイン戦争を泣き
ゲルニカを泣く女ドラ・マール
(わたしは見た サン・ジェルマン・デ・プレの
小さなアポリネール名称辻公園に置かれた
きみの彫刻『ドラ・マールの頭部』を
それはなんという不意討ちだったろう)
 
つぎにフランソワ・ジローがやってくる
その細身の肉体は針金のようなひまわりの茎として描かれ
ひまわりの顔は太陽となり
その茎に二つの乳房が果実のように描かれる
やがて『たわむれる女と犬』が描かれる
ほんとうは女が犬をいじめているのだ
むろん女はジローで犬はきみ自身なのだ
 
こうして「歴史的記念物(モニュマン)」には飽きたと言って
フランソワ・ジローはきみから去ってゆく
二人の子どもを連れて
あとにひとり残されたのは七十二歳の老いたきみだ
 
そうして栗色の優しいジャックリーヌ・ロックが
きみの最後の伴侶となる
九十歳のきみは若者のように
恋びとを抱く男たちの愛を描く
大膽にずばりと描く
一九七〇年五月 南佛アヴィニヨンの法王庁宮殿の
その壁を飾った十五の接吻(くちづけ)
葡萄の葉っぱをとっぱらった十五の抱擁
きみは大膽にずばりと描く
愛に狂った男の狂った眼の光を
愛の無限を見た男のす頓狂な眼の光を
いままでだれがそんな妖しい眼の光を捉えたろう
きみのほかに
   *
一九七三年四月八日 きみは死んで
南佛サン・ヴィクトワール山の麓
ヴォヴナルグの古城の庭に葬られる
きみの墓は あのセザンヌの愛した
サン・ヴィクトワールを眺める
海べのアルプスからの
冷たいアルプスおろしに吹かれながら
 
きみは死んでも眠ることができない
世界じゅうで ひとびとがきみを呼びつづけ
きみに語りかけているから
わたしもまたきみを呼びさまし
きみをよみがえらせようとしているのだから
きみは死んでも眠ることができない
  
そうしてきみは死んでも
『ゲルニカ』から飛び立った
たくさんの白い鳩たちは
いまも世界じゅうを飛びまわっている

       一九九九年九月

(『民主文学』、”大島博光詩集1995-2003” )
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