シャヴァンヌ 4 作家の心理(上)

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4 作家の心理

 シャヴァンヌの藝術生活の初期を通じて多くの敵と誹謗とに面し乍らも、彼は決して反逆する事も無く、冷静に自己の仕事を続け、自ら自己を意気阻消よりふるひ起たせ、不屈にも常に自己自身たる事に努力した。彼は一つのイデアの打ち勝ち難き力の見事な例証の一つであらう。《天才とは忍耐である》この奥深い言葉を彼は身を以て証したのである。総ゆる時代に於いて傳統派と穏健派の外に数々の反逆者たちが不屈な執拗さと不抜の信仰とを以って新らしき理想を追究し、或いは少なくとも既成の教義に反する理想を掲げるものである。此等の革命家と言はんよりは寧ろ革新者は、その信念と作品とに於いて宿命的に罵倒され攻撃される。彼等は、休む間も無く闘ひ続けねばならぬ。彼らは社会的不正と誹謗との的であり、彼等の独立性は一つの反逆に見え、彼等の独創性は一つの気狂ひ沙汰に見えるのだ。併し、徐々に彼等の信念の真面目を発揮し、作品の中に花咲かせ、かくていつか反逆者は一流派の創始者となり、師匠となる。まことに藝術が存続し、盛んになり、絶頂に達するのは、この様な大膽さと狂気さとに依るのである。フランスが他の国より遥か増して総ての知性に打ち勝ち難い誘惑を及ぼすのはこの故である。かかるが故にこそフランスは世界のユニークな場所であって、其處から人類を照らし豊かに光の昇るのを待ち望んでゐるのである。

 サロンに容れられず、シャヴァンヌにもこの様な孤立孤独の生活が始まつた。それは、彼の独創性と盡きせざる豊かさとの証しであつた。世俗的な気晴らしや、街の騒音や、総ての流行の影響や、スノヴィスムやアカデミスムに対して、アトリエの中で固く扉を閉ざした。彼は孤独な仕事をする習慣になった。アングルやミレーやコローやルソーの様に。はじめは同時代者たちに知られない迄も理解されず、彼は自己自身の為に描いた。モーツアルトも亦《私はドンジュアンを私自身とそれから三人の友人の為に書いたのだ》と、言ってゐる。

 眞の藝術家として、シャヴァンヌは次の事を理解してゐる。藝術制作は慰みでも無ければ、気晴らしでもなく、極めて荘重な使命であって、それは多くの犠牲と放棄と仕事との闘ひであることを意味する。厳格にして、正規な技法(メチエ)は、シャヴァンヌにとって思想の忠実な唯一の表現法であった。彼はこの技法を飽くなき追究によつて獲得したのであつた。彼はその一人の弟子に次の様に書き送ってゐる。《君は私にモデルの事を云々するけれども、私は君が習作の為に習作する様、お進めする。私は更に拒絶された九年間と云ふもの、それ以前の事をしなかった。どうか、この事をよく考へて頂き度い。》
(つづく)

<シャヴァンヌ・ノート>
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