遂げず (5)

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(5)
 トロイカは走るのだらうか、滑るのだらうか、それとも飛翔するのだらうか。
 カシハは御者に言つた。
 ──おぢさん。この附近の山で、スキーで死んだ人ありますか。
 ──ええ、毎年、二三人は少くも死にませうね。つい二三日前も.東京の大学生が三人、この奥の天狗の湯まで行く途中で死にましたよ。天気さへよければ、あんなこともなかつたでせうがね、何でも、正午までには天狗の湯に楽に行けるといふので、食物も用意しないで出られたさうですよ。それが、途中でひどい吹雪になりましてね、右も左も分つたものぢやありません。途方もない谷や、林の中で、三人が凍え死にしてしまつたんですよ。全く吹雪に逢つてはどうも仕様がありませんからね。昔から、雪倒れと云つて、よくあるんですがね。
 ──さうですか。なるほど──
 吹雪。雪の斜線。吹雪。アンナ・カレニナ。ヴロンスキー大尉の馬橇(トロイカ)は、吹雪の中を、鈴を鳴らしながら、ペトログラードヘ。ペトログラードヘ。
 銀幕の中のアンナ・カレニナの情熱を、カシハが、シカコに希望してゐた昨日。苦い。馬橇よ、滑れ、走れ、飛翔!カシハは背後に、迫ふものを感じた。追ふもの。それが肩に手を掛けやしないか。氷のやうに冷い手を。が、カシハは、むしろ、自分白身のはにかみの恥ぢらしい気持の具象を、キリコの人物のやうな異形なものに象(カタチド)り、白己脅迫をしたのだ。カシハは、白己反省の殻の中に閉ぢ籠り、その自分の手で造つた殻の厚さに、しばしば窒息を感ずる自分を知つていた。今、その蝸牛の自分を見たと思つた。不幸な蝸牛への憐愍が、墨汁のやうに擴がり、自分の感情を、灰のやうに噛んだ。
 シカコは、自分を、かつて、エゴイストだと言つた。自分は、エゴイストだつたらうか。いや、今、自分はエゴイストに成り得なかつた自分に憐愍を感じてゐるではないか。自己憐愍。敗北主義者。さうだ。自分は敗北主義者だつたんだ。自分は、シカコを虐殺するには余りに敗北主義者だつたのだ。
 夕闇のやうに憂愁が、カシハを包んで行つた。カシハは、自身に傾斜してゆくのを、鉛のやうに重い胸の重量を、感じた。蝸牛の殻の中の悲劇。暗黒な思想が頭脳に飽和した時、カシハは、苦笑を鼻の上に浮べた。それから.堪らなく、哄笑したい衝動を感じた。頭脳の中から、黒い蝶達を追ひ拂ふために。そして、カシハは、複数の自分を感じた。一人のカシハは都會のスポーツマンであつた。一人のカシハは、寒いアトリエの畫家であつた。一人のカシハは、黄色い彿教徒であつた。一人のカシハは、黒い香具師であつた。そして一人のカシハは、脊椎動物であつた。……複数のカシハが、何處か遠い所から、馬橇の上のカシハを眺めてゐる。
 馬橇は岡を登つた。登り切ると、なだらかなスロープが擴り、ホテルが彼方に、枯枝の森の中に見えた。ホテル。緑色の壁。カシハは、かつての年、ホテルで會つたバイブルを持つて、讃美歌を歌つてゐた青年の顔の色を思ひ出した。肺のために新鮮な山岳地方の空気を必要とした青年。聖書(バイブル)。カシハは、病弱に羨望を感じた。余りに健康すぎる……。そして一個の透視圖がカシハを脅迫し始めた。もし、27°の斜面の、雪渓の上のスキーの速度の中に、小石を噛むやうな倦怠(アンニユ)の顔を覗いたなら?その灰色の発見は、カシハを判決するだらう。
 馬橇(トロイカ)は滑るのだらうか。走るのだらうか。それとも飛翔するのだらうか。
(完)

(『東京派』四月號 1931年)
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