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フランス紀行 2 『両替橋の不寝番』の詩人ロベール・デスノス(中)

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フランス紀行 2

『両替橋の不寝番』の詩人ロベール・デスノス(中)


 一九四四年五月、レジスタンスの詞華集『ユーロープ』が非合法に出版された。そこに、Valentin Guilloisという匿名で『両替橋(ボン・ト・シャンジュ)の不寝番』という詩が収められていた。この注目すべき詩の作者はいったい誰であろう?とみんながいぶかった。──その作者はロベール・デスノスだった。

 両替橋(ボン・ト・シャンジュ)の不寝番

 おれは フランドル街(注1)の不寝番だ
 眠るパリを 見まもるのだ
 遠い北の夜空が 戦火で赤く燃えている
 町の上をよぎる 飛行機の爆音がきこえてくる

 おれは ポワン・デュ・ジゥール(注2)の不寝番だ
 オートゥイユの陸橋のかなた 闇のなか セーヌは流れる
 二十三の橋をくぐり パリを縫って
 西の方から 爆弾の音がきこえてくる

 おれは 金の城門(ポルト・ドレ)(注3)の不寝番だ
 お城の塔のあたり ヴァンサンヌの森に 闇は深い
 クレティユの方から 叫び声がきこえてきた
 列車が 反抗の歌をひびかせながら 東へ走りさる

 おれは ポルテヌ・デ・プープリエ(注4)通りの不寝番だ
 南風が運んでくる きなくさい煙りや
 怪しげなざわめきや 坤めき声は どこか
 プレザンスやヴォジラールの方へ 消えてゆく
 南から 北から 東から 西から
 パリにおしよせてくるのは 凄(すさ)まじい戦争の音ばかり

 おれは 両替橋(ポン・ト・シャンジュ)(注5)の不寝番だ
 パリのまんなかで見守れば ますます高まるざわめきの中
 敵軍は 怖るべき悪夢をくりひろげ
 友軍とフランス軍の 勝利の雄叫びが聞こえてくる
 ヒットラーのドイツ軍の 拷問にかけられて
 苦しみ叫ぶ 兄弟たちの声がきこえてくる

 おれは 両替橋の不寝番だ
 だが こよい見守るのは ひとりパリだけじゃない
 この嵐の夜の 疲れはてて熱っぽいパリだけではない
 おれたちをとり巻き せきたてる全世界を見守るのだ
 冷めたい大気のなか 戦争のすさまじい音が
 遠いむかしから(注6) 人間の住んでいる
 この場所にまで 押しよせてくる

 叫び声や歌ごえ 坤めき声や爆音などが
 四方八方から やってくる
 勝利の声 苦しみの声 死の坤めき声よ
 白葡萄酒の色と紅茶の色をした空よ
 地平のすみずみから 地上の障害物を越えて
 あのざわめきといっしょに やってくるのは
 ヴァニラの匂い 湿った土の匂い 血の匂いだ
 汚水の匂い 火薬の匂い 火刑(ひあぶり)の匂いだ
 人類の肉で脂(あぶら)ぎった大地のなかに ひと足ごとに
 深くはまりこんだ未知の巨人の くちづけの匂いだ

 おれは 両替橋の不寝番だ
 約束の日の門出に おれはきみたちに挨拶をおくる
 フランドル街からポテルヌ・デ・プープリエにいたる仲間たち
 ポワン・デュ・ジゥールからポルト・ドレにいたる同志たち

 きみたちみんなに 挨拶をおくる
 きびしい地下活動を終えて 眠ってるきみたち
 地下印刷をひきうけ 線路のボルトをはずし
 爆弾をはこび 敵軍に火を放ち ビラをまき
 発禁の文書をもちこみ 連絡(レポ)をとる きみたち
 たたかうきみたち みんなに 挨拶をおくる
 こばれるような微笑(ほおえ)みをうかべた 二十(はたち)の若者よ
 橋よりも年をとった 白髪の老人よ
 たくましい男たち あらゆる年頃の人たち
 新しい朝の門出に おれはきみたちに挨拶をおくる

 テームズのほとり 古いイギリスの首都に
 古いロンドンに 古いブルターニュに
 集合している すべての国の同志たち
 ひろい 大西洋のかなた
 カナダから メキシコにいたる
 ブラジルから キューバにいたる
 すべての旗と すべての種族の アメリカ人よ
 リオの ラワンテペクの ニューヨークの
 そしてサンフランシスコの 同志たち
 きみたち みんなに 挨拶をおくる

 両替橋のうえで 地球上のみんなに会いたいと願いながら
 おれも きみたちのように戦い 見張りをしている
 ついいま 舗道にあんまり重くひびいた靴音に かっとなって
 おれも 敵兵をひとり うち倒したところだ

 名も知れぬ 憎いヒットラーのドイツ兵は どぶの中で死んだ
 顔は泥まみれで 死体はもう腐りはじめている
 その間も きみたちの四季の声はきこえてきた
 友よ 連合国の友よ 兄弟たちよ

 きみたちの声はきこえてきた アフリカのオレンジの
 匂いのなかから 太平洋の鼻つく潮の香のなかから
 暗闇のなかに救いの手をさし伸ばす 白い艦隊よ
 アルジェの ホノルルの チョンチンの 仲間たち
 フェスの ダカールの アジャクシオの 兄弟たち

 ひとを酔わせる たくましい鬨(とき)の声よ
 高鳴る心臓と肺腑から湧きあがる 歌声よ
 数百万の胸から ほとばしりでた その声は
 イリメニ湖から キエフにいたる
 ドニエプルから プリピャチにいたる
 雪のなかに燃えあがるロシヤ戦線から
 おれの耳にも きこえてくるのだ

 おれは耳傾けて きみたちの声をきく
 ノルウェーの デンマークの オランダの ベルギーの
 チェコの ポーランドの ギリシャの アルバニヤの
 ユーゴスラヴィヤの ルクセンブルグの 戦う同志たち
 おれは きみたちの声をきいて 呼びかける
 みんなが知っている言葉で よびかける
 自由!
 という ただひとつのことばで よびかける
 そしてきみたちに言おう おれは不寝番をしていて
 ヒットラーの兵隊をひとり うち倒したと
 かれは ひと影もない 街なかで死んだ
 非情な町のまんなかで おれは復讐した
 フォル・ドゥ・ロマンビル要塞や モン・バレリヤンで
 虐殺された兄弟たちの仇を討ったのだ
 この世や町や季節の 消えては生まれるこだまのなかで

 そしてほかの人たちも おれのように
 不寝番をして 敵をやっつけている
 おれのように かれらもまた
 人影もない街なかに鳴りひびく足音を窺っている
 おれのように かれらもまた
 大地のざわめきや 爆発の音に 耳傾けている

 ポルト・ドレで ポワン・デュ・ジゥールで
 フランドル街で ポテルヌ・デ・プープリエで
 フランスじゅうの町まちで 野で
 わが同志たちは 夜の足音をうかがい
 大地のざわめきや すさまじい爆発の音で
 自分たちの孤独を なぐさめている

 なぜなら 大地は無数の燈火に照らされた野営地(キャンプ)で
 戦闘のまえには みんなが地上に露営するのだから
 同志たちよ おれたちの声がきみたちにも聞こえるだろう

 このおれたちの声は 夜が降りると
 くちづけに飢えたくちびるをついて 湧きあがり
 ながいこと あたりの空を飛びまわるのだ
 ちょうど 燈台のひかりに眼がくらんで
 輝く窓にぶつかって傷つく渡り鳥のように

 どうか おれの声も きみたちの耳にとどいてくれるように
 悔恨もない 恐怖の念もない
 情熱的で陽気で 確信にみちたおれの声が
 どうか わが同志たちの声もろともに
 きみたちの耳にとどいてくれるように
 待ち伏せする フランス前衛の声が

 こんどは きみたちがおれたちの声を聞いてくれる番だ
 水兵よ 操縦士よ 兵士たちよ
 おれたちは きみたちにお早ようを言おう
 おれたちが語るのは 苦しみではなく 希望なのだ
 ま近い朝を迎えて きみたちに 挨拶をおくる
 すぐ近くにいる きみたちにも
 また 藁束のような夜明けが 家のなかに射し込むとき
 おれたちの朝の挨拶をうけとるだろう きみたちにも
 とにかく お早よう 明日のために お早よう!
 心の底から お早よう 熱い血で お早よう!
 お早よう お早よう 太陽はパリにのぼるだろう
 たとえ雲が隠そうと 太陽はそこにあるだろう
 お早よう お早よう 心から お早よう!

(注1)フランドル街──パリの北東端の街。第十九区にある。
(注2)ポワン・デュ・ジゥール──パリの南西端にあるセーヌ川の河岸。
(注3)ポルト・ドレ──ヴァンサンヌの森とともに、パリの南東端にある。
(注4)ポテルヌ・デ・プープリエ──パリの南端にある街通り。
(注5)両替橋──ボン・ト・シャンジュは、パリの中心、シテ島と右岸を結ぶ橋。ポン・ヌーフと並んでいる。むかし、この橋の上に両替商が店をつらねていた。デスノスはこの橋の近くのサン・マルタン街に生まれた。
(注6)遠い昔から──有史以前、ゴール人の漁師や舟乗りが、セーヌ川の湾曲部に浮かぶシテ島とサン・ルイ島に小部落をつくつた。小部落はやがてガロ・ロマン人の小さな町となり、パリ発祥の地となる。

 この詩が発表されたとき、ロベール・デスノスはすでに逮捕されて、ブッヘンヴァルトの収容所へ向って、追い立てられていた・・・

(つづく)
両替橋
両替橋

<草稿『詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行』>
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