座談会 チリ連の17年をふり返って (6) 17 years of the Japan Committee in Solidarity with Chilean People

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少数でも意気高くデモ

立松 チリ連で楽しかったこと。毎年九月にチリ人民連帯月間でチリ大使館の前でデモをやるんだけど、「バカヤロー」(正しくは「イバカエール」。スペイン語で「やつは倒れるぞ」の意味)しか覚えていないけど。(笑)スペイン語で訴えたあとアジェンデの最後の演説をスピーカーで流すと、あそこでぐっとくる。涙が出る。なんてのかな。三〇人のデモなんだけど、自分たちは少数でないんだということを、何千人のデモより、大げさでなく感じたわよ。

 ああいう小さいデモというのは全員が主催者で、がんばらなくちゃという感じで、ふつうのデモとは違う。ばかでかいデモだと下を向いて歩いてられるけど。

小松 誰かに命じられてやっているわけではない。チリ連が新橋のボロ事務所でずっと専従を抱えてやっていたのは何か不思議な気がしましたが、たんに使命感でやっているわけではなかった。サンティアゴのポブラシオンでやられていたことを、日本のチリ連が日本的に形を変えてやっていたんではないか。
 一方で、マドリード会議(一九七八年十一月・チリ解放のための全世界都市会議)に間島さん、詩人の大島博光さんが行って、若い女の子に万年筆をやったり、詩を書いたり、いろいろと楽しい交流をしたエピソードを聞くと、手作りの味が相当あった。それがチリ連が続いてきたエネルギーになった。
(つづく)

<『チリ人民連帯ニュース』第39号──座談会 チリ連の17年をふり返って 1991年4月20日>
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