フランス紀行 2 『両替橋の不寝番』の詩人ロベール・デスノス

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フランス紀行 2

『両替橋の不寝番』の詩人ロベール・デスノス(上)


 一九四三年四月、ロベール・デスノスの詩集『両替橋の不寝番』がパリで出版された。この詩集には、題名となった詩とともに、有名な「サン・マルタン街の歌」が収められている。

  サン・マルタン街の歌

 サン・マルタン街なんか もう好きじゃない
 アンドレ・プラタールが 姿を消してから
 もう サン・マルタン街なんか 好きじゃない
 なにもかも ぶどう酒さえも 好きじゃない

 サン・マルタン街なんか もう好きじゃない
 アンドレ・プラタールが 姿を消してから
 あいつは おれの友だち 相棒だった
 おれたちや パンも 部屋も わかちあった
 もう サン・マルタン街なんか 好きじゃない

 あいつは おれの友だち 相棒だった
 ある朝 あいつの姿は 消えちゃった
 しょっぴかれた というほか 何も分らぬ
 もうサン・マルタン街で あいつに逢えぬ

 メリイやジャック ジェルべやマルタンの
 聖者たちにきいても尋ねても わからない
 丘に身をかくした 聖ヴァレリアンもご存じない
 サン・マルタン街に アンドレ・プラタールはもういない
                     一九四二年

 この詩は、友人のアンドレ・プラタールがパリ第三区のサン・マルタン街で逮捕された後に書かれた。プラタールは、ドイツ軍によって収容所に連行されたのか、モン・ヴァレリアンの丘で銃殺されたのか、なにも知られていない。つまり「聖ヴァレリアンもご存じない」というわけである。モン・ヴァレリアンはむかしは巡礼の行われた聖地であって、一七世紀には礼拝堂が建てられた。一八世紀、ルイ・フィリップの治下、そこに要塞が作られた。
 一九四〇年から四四年まで、ドイツ軍はここで四五〇〇人の人質と愛国者を処刑した。こんにち、それらの愛国者たちのレジスタンスを記念して、この要塞の南西の斜面のすぐ下に、つまり大きなロレーヌ十字架(横木の二本ある十字架)を中央にした大きな壁がつくられ、そこにレジスタンスを型どったいくつかのレリーフが飾られ、十字架の前には戦士たちに捧げられた永遠の火が燃えている。壁の前は砂利を敷いた広場となっている。
(つづく)

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