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ミラボー橋の詩人アポリネール(下)──そのむかし ボヘミヤに Apollinaire - Poète de Le Pont Mirabeau

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フランス紀行 1

ミラボー橋の詩人アポリネール(下)──そのむかし ボヘミヤに


 さらに、アポリネールがおびただしい詩を書きおくった恋びとにルーという若い女がいる。一九一四年の九月、アポリネールはニースでひとりの若い女に出会い、たちまちその魅惑にとりつかれる。その女こそ、アポリネールがルーという愛称で呼んだ、ルイズ・ド・コリニィ・シャチヨンである。彼女は名門の娘で、気性のはげしい、はすっぱな女であった。言い寄るアポリネールに、彼女はたわむれに身を任せたかと思うと、またきっぱりと拒絶したりする。十二月六日、アポリネールがニームの第三八野砲連帯に入隊すると、その翌日、彼女はニームにアポリネールを訪ねてゆく。それから八日の間、彼は彼女のそばで情熱的な時を過ごす。アポリネールは彼女がニームに来て彼のそばに住むようにと頼み込むが、彼女はそれをあっさりと拒絶する。そればかりか、「トートー」と呼ぶ、彼女のもうひとりの男との関係を、彼女はアポリネールに隠さなかった。こうした彼女の気まぐれさに、さすがのアポリネールも耐えきれなかったことだろう。つぎの詩には、そんな詩人の心情がよく現れているように思われる。

  そのむかし ボヘミヤに

 そのむかし ボヘミヤに ひとりの詩人がいたそうな
 ひとを恋うては泣き 太陽にむかって歌っていた
 そのむかし 雲雀(アルーエット)伯爵夫人がいたそうな
 たいへん瞞(だま)すのがうまかったので 詩人はのぼせて
 自分の歌を忘れてしまい 夜も眠れなかった

 ある日 彼女は言った「愛しているわ わたしの詩人よ」
 だが 彼はそれをまにうけず 悲しげに微笑んだ
 「囀(さえず)れ 雲雀(ひばり)よ」と歌いながら 彼は出て行き
 うつくしい 小さな森の奥に その身をかくした

 ある晩 すてきな声で さえずりながら
 雲雀伯爵夫人が 小さな森のなかへやってきた
 「おお 詩人よ 愛しているわ そう言ったでしょう
 永遠に愛しているわ とうとうあなたを見つけたわ!
 さあ 恋いこがれる わたしの魂をいつまでも抱いて」

 おお 禿鷹のような無情な心をもった 酷(むご)い雲雀よ
 またしてもあなたは 信じやすい詩人をだました
 夕ぐれ すすり泣く森の声が わたしにきこえてくる
 伯爵夫人は出かけて行って ある日 もどってきた
 「詩人よ わたしを愛して わたしはほかの人を 愛してるの」

 そのむかし ボヘミヤに ひとりの詩人がいたそうな
 なぜか知らぬが かれは 戦争に出て行った
 愛されたいと思っても ひとを愛さぬがいい
 「伯爵夫人 愛しているよ」 そう言いながら 彼は死んだ
 そうしてとても寒い明け方 砲弾のとび去る音が
 わたしの耳に聞こえてくる 恋の消え去るように

 しかし、アポリネールはまた期待にふるえながら、つぎのように歌わずにはいられなかったのである。

 わたしはわが希望に与える
 はるか森のなかの小さな灯し火のように顛えている未来を
     (『ルーにおくる詩』─「愛と侮蔑と希望と」)

 ミラボー橋の上に立って、上手の方を見ると、グルネル橋の中洲に立つ「自由の女神」が銀色にまぶしく輝き、その向うにエッフェル塔が青空にすっくとそびえている。しかし、左岸の方を見ると、がっかりする。現代的なビルディングが群立していて、あの均整のとれたパリの街並の、その均整を破っているからである。しかも、左岸の橋のたもとは、砂利船の荷揚げ場となり、そこにセメント工場がつくられている・・・
 「エスプリ・ヌーヴォ」(新しい精神)を提唱していたアポリネールが、この風景を見たら、なんと思ったことだろう。アポリネールの頃には、むろんこんな風景は見られず、恐らく橋のたもとの岸べも、まだコンクリートで堅められずに、草の生えた土の岸べであったろう。左岸とはちがって、右岸のオートゥイフの方は、むかしながらの街並がうつくしい。河岸のプラタナスの並木もそよ風に静かに葉をひるがえしている。

ミラボー橋

(この項終わり)
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