ピカソ──鳩は世界じゅうを飛びまわる (4)

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(「朝鮮の虐殺」)

 一九五〇年の夏、朝鮮戦争が始まる。一九五一年一月、ピカソは「朝鮮の虐殺」を描いて、戦争反対の意志を表明する。画面では、なかばロボットのように描かれた銃殺班が、裸の妊婦たちと子供の一群にむかって銃口を向けて立っている。構図はゴヤの「一八〇八年五月三日」の銃殺の場面に似ている。観衆はそこから容易に画家のメッセージを読みとることができる。ピカソは、無防備の人に向けられた軍事的暴力にたいする怒り、憎悪を示している。
 一九五二年三月三十日、ギリシャ共産党の指導者で反ファシスム闘争の英雄ベロヤニスが、三人の同志とともに、貨物自動車のヘッドライトの光のなかで銃殺された。ギリシャ王党派政府とワシントンの共謀によるものであった。ベロヤニスの死を知ったピカソは憤激の声をあげ、ベロヤニスの肖像(「ユマニテ」および「レットル・フランセーズ」に掲載)をデッサンすると同時に、彼はゴヤを回想して書いている。
 「ゴヤの絵のなかで、マドリードの五月の夜、灯油ランプの光が、非道な外国兵に銃殺される人民の気高い顔を照らしだしているが、それはこうこうと照らすヘッドライトの光のなかで、死と恐怖と憎悪にみちた政府によって、開かれたギリシャの胸のうえに撒きちらされた恐怖とおなじものである。
 一羽の白い大きな鳩が、喪の怒りを地上にふりまく。」
 ここでピカソが思い出しているのは、言うまでもなくゴヤの「一八〇八年五月三日」のナポレオン軍による虐殺の図である。その虐殺を照らしていた灯油のランプの光と、ギリシャの銃殺を照らしていたヘッドライトの光とを強調するピカソの文脈のなかに、われわれはまた「ゲルニカ」の虐殺を照らしていた電球の光を見いだすことができる。

挑戦の虐殺

(この項おわり)

<新日本新書『ピカソ』 ──「パリの解放と平和の探求 」>

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