ピカソ──鳩は世界じゅうを飛びまわる (3)

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  (レーニン国際平和賞を受賞)

 一九六〇年には、両羽根をひろげ、尾羽根をふるわせて、大きな虹のうえを舞っている鳩が描かれる。一九六一年には、三枚の木の葉のついた小枝を咥えた「青い鳩」が描かれる。・・・
 ピカソの鳩はまた、ヴァローリスの窯で焼かれた絵皿のうえにも現われる。それはまた切手となり絵はがきとなって、何百万というピカソの鳩が放たれて、世界じゅうを飛びまわっている。母親たちにはやさしい希望のことばを運び、その羽搏きで人びとを呼びさまし、戦争や原爆による死を拒否するようにはげましている。チリやコロムビアの暴君どもは、鳩の入国を禁止しようとしたが、むだだった。世界じゅうを飛びまわっているこの鳩を、どんな鳥刺しも毒矢も射落すことはできないであろう。
 一九五〇年、ピカソは「レーニン国際平和賞」を受賞した。アラゴンは一文を書いて、この賞の意義とピカソ芸術の偉大さを明らかにしている。
 「レーニン国際平和賞がパブロ・ピカソに授与された。このニュースは、この数年来、国際関係にあらわれた変化を示すものである。この偉大な画家に与えられたのは、恐らく彼が平和のためにつくした直接的な功績によるものであり、全世界で無類の栄光をになう天才が、戦争に反対する人びとの力づよい感情に支持を与えたことによるのであろう。しかしこのことはもうひとつの意義をもつ。それはまさにピカソの名の上に、二つの世界の相互理解がなされうるということであり、相ことなる社会体制も、人類の福祉的活動について、この活動の福祉的性格について一致できるという範例が、ピカソにおいて示されたということである。
 ある人びとは言うだろう、この賞はピカソの作品に与えられたものでなく、ただ彼の鳩に与えられたのだと。──たしかにピカソの名を平和のそれと結びつけることなしに、サン・マルコ広場やカルーセル庭園の鳩たちを見ることはできないということもあるが、そういう人びとにはこう答えねばならない。たとえ鳩たちが美しく感動的であろうと、もしそれがほかの人の手によって放たれたなら、もしその鳩たちが、パリのスペイン人画家の、その美しさ、絶えざる創造精神、悲劇への感覚、偉大さ等をもった作品によって支えられていなかったら、鳩たちはけっしておなじ意味をもたなかったであろうと。このパリのスペイン人画家は、ヴュラスケスとゴヤの、マネとセザンヌの継承者であって、彼は彼自身のスペイン人民の悲劇と同時に、全人類の深い願望を表現することができたのだ。ひとが望むと否とにかかわらず、ピカソはその無類の卓越した技法のゆえに、かれの芸術のゆえに、人民の希望と感謝のしるし、レーニンの肖像の刻みこまれた小さな金メダルをもつ権利をもつであろう」(一九六ニ年五月二日付「ユマニテ」)
(つづく)

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