大島博光さんの84才を祝う会

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 大島博光さんの84才を祝う会
                     岩井恵子(狛江詩の会会員)

 群青の秋晴れ、十一月十九日PM2時〜武蔵野市吉祥寺コミュニティセンターで稜線の会、むさしの三鷹文化の会など五つの組織と地元三鷹、武蔵野の代表者などの実行委員会によって開かれ、楽しいひとときを過しました。(司会は岩井が担当。)
 東京音楽教育の会十一名の「春がきたら」(大島博光詩)アラゴンの「われはその人を知らず」を野口定男氏、「きみとわたしは」(稜線52号)を関敦子氏が朗読。開会の辞を鈴木初江氏「愛する人をなくし、哀しみと淋しさの極みから、ようやく辿りつこうとする岸がみえてきたようで、大島さんを励ますとともにその長い詩業によって私たちが慰められ、勇気づけられてきたことを謝し、今後も平和と自由の詩を高らかにうたって下さい」と感動的に話され、次に増岡敏和氏のお話「大島博光先生とアラゴン」、戦後広島で峠三吉氏らと同人誌を作った時、初めてアラゴンの名をしった。訳詩者が大島さんとしったのはずっと後のこと、ユーモアたっぷりの話しぶり。乾杯の音頭を斎藤氏「四行詩の叙情詩人・情熱の青年詩人大島博光氏のますますのご活躍を!」と。長野からの小熊忠二氏は「博光氏の昔ばなし」、千曲川での〝釣りキチ″ぶりと詩作について厳しさを語りました。
 スピーチのトップバッター土井大助氏がそのなかで「大島さんが『わたしの生はすばらしかった』の過去形は残念」というと斎藤氏が「いや大島さんの確認の表現」と反論、ことば論議は会場をわかせました。岡亮太郎氏のスピーチ、山本隆子氏「絵はがき」の朗読、前山長子氏ら音楽教育の方たちの「ふるさとのうた」「自由」(エリュアール詩)「ぼくはパルファン川の歌ごえをきく」(以上大島訳)で会場はもり上りとび入りも岡、高崎謹平、斎藤哲三、佐藤一志氏と続き、三鷹市の市議会議員岩田康男氏「二階から釣糸をたらし 花屋で花束をつくる大島氏が大詩人とはしらず、〝赤旗配達員のうた″が発表されて、配達員がふえて驚いた」と。長男朋光さんはビデオ操作、次男秋光さんは「生活の上で自立している博光さん」を紹介、会場は感動の渦でした。
 中正敏、わたうちちふみ氏の祝電、欠席者のメッセージ紹介のあと、大島氏は〝愉快なとき″と感謝され「孤独な闇に泣くのはもうたくさんだ…/みんなといっしょに飲んで歌うためだ/みんなといっしょに春を呼ぶためだ」と朗誦、大きな拍手に包まれ、その後贈りものが手渡され、大津留喬久氏から「わたしも今日から詩人になろうと思った」と閉会の辞。出席四四名中詩人の参加は以上の他山岡和範、安達双葉、山城百合、佐藤敦子、皆川晴絵、古屋志づゑ、古田島あい子氏らです。受付・会場整理にご協力下さった方々に感謝を捧げて。
(『稜線』No.53 1995年1月刊)

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