グラナダ アランブラ宮殿(中) Granada, the Alhambra

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 しかしアランブラ最大の悲劇は、一四九二年、カトリック王フェルナンドとイザベルによって、アラブ最後の拠点だったこのグラナダが陥とされたことである。
 アラゴンは、「グラナダの陥ちた前夜」という、ある歌の文句にとり憑かれて、──そこにまた第二次大戦ちゅうのパリの陥落を思いあわせて、やがて、『エルザの狂人』という尨大な散文と詩による大冊を書くことになる。そこでは、アラブの王の悲劇、アラブ文学、哲学、などが縦横に歌われ、二〇世紀の問題として、考察されることになる。「巻頭の歌」はアラブ最後の少年王の嘆きを歌っている。

    巻頭の歌

  明日のない身の 最後の時を
  わたしは 壕(ほり)のなかで過した
  ほのかな 夜明けを待ちながら
  わたしは宮殿を追われた 少年王
  死が わたしの脇に坐っていた
  グラナダの陥ちた 前夜

  風も凍(い)てつく アランブラに
  わたしは 痴呆のように生きた
  うつろな眼 灰色のくちびる
  つぶやく噴水 いつか傷つき
  いま割れて 砕ける 鏡よ
  グラナダの陥ちた 前夜

  わたしは 使いはたされた夜だ
  朝がた おのれの思想を探すのだ
  またわたしは もう賭け金もなく
  自分のシャツを引き裂く賭博者だ
  すでに刺された心臓をひとが狙う
  グラナダの陥ちた 前夜
  (飯塚書店『アラゴン選集』第三巻二〇三ページ)
 
 注 アランブラ宮殿で、英語による解説者はアルハンブラと発音していたが、グラナダのタクシーの運転手はアランブラと発音していた。

 宮殿の一郭、崩れ落ちたアルカザーバ(要塞)のあたりには、赤茶けた陶器のかけらなどが散らばり、グラナダ陥落の悲劇をいまにつたえている。眼下のダロの谷間の向うには、いまなお山の斜面をくり抜いた洞穴を家としている人たちが見えた。その山道を少年がひとり、五、六頭の羊を追って降りてくる……グラナダの郊外に生まれたロルカは、このダロ川とヘニル川のことを歌っている。
   三つの川の小さなバラード

  グァダルキヴィルの流れは
  オレンジとオリーヴの間を流れる
  グラナダの ふたつの川は
  雪の山から 麦畑へと流れくだる

  ああ 行って
  帰えらぬ 恋よ

  グァダルキヴィル川は
  えんじの髭を生やし
  グラナダの川は ひとつは
  涙を流し ひとつは血を流す

  ああ 空(そら)なかへ
  消え去った 恋よ!

  セヴィリアへ行くには
  帆かけ舟の 舟路がある
  だが グラナダの流れのなか
  漕ぎゆくのは 溜息(ためいき)ばかり

  ああ 行って
  帰えらぬ 恋よ!

  グァダルキヴィルよ 高い塔よ
  オレンジ畑を吹く 風よ
  ダロとヘニルよ 池のほとりに
  朽ちはてた 小さな塔よ

  ああ 空(そら)なかに
  消え去った 恋よ!

  水の流れは叫びながら
  鬼火を運ぶと 誰が 言うだろう!

  ああ 行って
  帰えらぬ 恋よ!

  アンダルシーアよ オリーヴを運べ
  オレンジの花を運べ おまえの海へ 

  ああ 空(そら)なかへ
  消え去った 恋よ!

 ロルカは、グラナダを流れる二つの川と、セビリヤへ流れるグァダルキヴィル川を対照させながら、グラナダの歴史と現実をさりげなく歌っているように思われる。「グラナダの ふたつの川は/雪の山から 麦畑へと流れくだる」──この雪の山は万年雪におおわれたシエラ・ネバダを指している。また

  グラナダの川は ひとつは
  涙を流し ひとつは血を流す

というすばらしい二行は、グラナダの案内書のなかにさえ引用されていた。
                 (つづく)

<『詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行』>

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