一九七八年十一月十五日
チリ連帯国際会議が終って、わたしたちはマドリードからパリまで、長い列車の旅を始める。まずグラナダを訪れることにする。
グラナダ……それは、重い、深いひびきをもつ名まえだ。アランブラ宮殿が、繊細優雅なアラブ文化・芸術の粋をいまにつたえると同時に、アラブ王国が滅びさった悲劇をそこに秘めているからである。そしてまた、それは、フェデリコ・ガルシア・ロルカの故郷の町であり、しかもかれがそこで銃殺された町である……
わたしたちはマドリードを夜の急行で発ったが、急行とは名ばかりの超鈍行列車で、そのうえがたがたと横ゆれがひどい。出発のときは汽笛らしいものがヒーヒーと鳴って、まるで驢馬の啼き声を思わせる。するとまたわたしには、それがドン・キホーテのお供のサンチョ・パンサの驢馬のように思われてくる……つまり、わたしたちは、のろいサンチョの驢馬に乗って、荒涼として広いカスチリヤの野を、アンダルシーヤへと向かってのろのろと走っているのだ・・・
翌朝、やっとグラナダに着く。駅のカフェテリヤで、ミルクコーヒー二杯とハムサンドを食べたが、うまかった。それから、かねて目星をつけておいた、ホテル・グワデルーペにタクシーをとばした。街なかに大きな噴水や銅像があり、古い城門をくぐると、鬱蒼と樹木の茂った道になる。幾台もの観光バスが走っている。そこがアランブラ宮殿の前庭ということになる。いくつかのホテルを通り越して、最後のホテルがグワデルーペであった。近くに「アルハンブラ物語」を書いたアメリカ人ワシントン・アーヴィングの名をとったホテルもあった。(「アルハンブラ物語」は江間章子さんの訳で、講談社文庫に収められている。)
通された四階の部屋は、たいへんわたしの気に入った。窓べにポプラ林が黄色い葉むれを輝かせていた。その枝越しに、向うは、低い松の点在する小さな低い山になっている。
ホテルに鞄をおくと、さっそくアランブラ宮殿へ向うが、ホテルから五百メートルぐらいしかない。道の片側には、赤煉瓦のぶ厚い城壁がそそり立って、つづいており、片側は亭ていとそびえた森になっていて、ポプラや銀杏のたぐいが、黄色くなった葉むれを秋の陽に輝かせている。かねて写真で見た「獅子の中庭」や「王の広間」などの前に立ってみると、つまり、太陽のひかりのもとにあるアランブラ宮殿を見ると、ますます夢幻まぼろしのなかにいるような想いになる。水盤をささえている石の獅子たちの鼻が、永い時の流れのなかで、もう擦りもげている。「コーラン」をモザイクできざみこんであるという大理石の壁面、みごとなアーケードと噴水をあしらった中庭の組み合わせ、すべてが繊細優雅で変幻自在な結構である。また、美女たちがその裸形をさらしたであろう大浴場のうちの「アベンセラーヘスの間」には、血なまぐさい物語が伝えられている。ムレイ・アビュル・ハッサンという王は、お気に入りの愛妾ソラヤの子に王位をつがせるために、最初の王妃との間に生まれた自分の子供たちをみんな、この部屋で暗殺させたというのである……
宮殿は、グラナダの町を見おろす岡の上に建っているのに、遠く万年雪をいただいたシエラ・ネバダから水を引いた泉は、ヘネラリーフェの空中庭園にもせんせんと流れていた。刈り込んだ糸杉のくぐり門、同じように幾何模様に刈り込んだ糸杉の生垣。その方形の生垣に沿って色とりどりに花咲いた薔薇うねがあり、そのまた内側に細長い方形の池があしらってあり、池のまわりを散歩するようにつくられている。その方形の池の正面には、やはり物語によく出てくる、「奥方の塔」と呼ばれる美しい館(やかた)が、赤黄色に映えて建っていた。あたりにはまた、十一月も末だというのに、名も知らぬ灌木が、夢のような白い花や淡い青や紅の花をつけていた。遠いむかしの夢の舞台を飾るかのように……
(つづく)
(『詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行』)
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