パッチワークに願いを込めて"Threads of Hope" (10) 終章 The last chapter

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パッチワークに願いを込めて (10) 終章 The last chapter

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国際的な支援が大きな支えになっています。しかし彼女たちは 希望を持って戦い続けることの難しさを身にしみて感じています。
ドリスさんの夫と子供たちはチリを出て行きました。彼女はこの家でたった一人で暮らしています。
「家の中は空っぽです。ここに坐ってよく思うんです。子どもと一緒にいられないのなら、こんなことをして何になるのだろうって。
軍事政権が私からすべてを奪いました。私は孫をあやしたこともないんです。娘の妊娠や出産にも立ち会ってやれなかった。病気の夫を看病してやることも出来ない。
たとえ息子が殺されていても、遺体にすがって泣くことさえ出来ないのです。」

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最近になって 秘密の墓地から軍事政権時代に逮捕され殺された人びとの遺体がぞくぞくと発見されました。軍や警察がつねに否定してきた虐殺の動かぬ証拠です。


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サンチャゴの墓地にある多くの身元不明者の墓についても解明が求められています。中でもサピオ29と呼ばれる区画にはノーネームを示すNNとかかれた名前の無い墓が100以上もあるのです。

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「サピオ29は特別の場所です。1973年以降行方不明になった人がここに埋められているのです。名前の無いお墓に入っているのは息子かも知れない。友達の息子かも知れません。だから誰のお墓かわからなくてもいつもお花を供えていくんです。

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パッチワークによって広まった国際的な抗議の声が力となってチリは民主化に向かって歩み始めました。
1988年、ピノチェト大統領は任期延長をめぐる国民投票で敗れました。二年後、キリスト教民主党のパトリシオ・エルウィンが大統領に就任し、チリは民主制を取り戻しました。
しかしピノチェトは軍部への支配力を持ち続けました。

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エルウィン大統領は紛争と和解全国委員会を設立し、人権侵害の調査を始めました。91年に提出された報告は2000人以上が人権侵害の犠牲となり死亡したと発表しましたが、責任者は特定されませんでした。そのかわり大統領は犠牲者の家族に対し、チリ政府の名で謝罪しました。

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チリ人の多くは過去を忘れたがっています。政府と軍部との微妙なバランスが崩れることを恐れているのです。

アゴシン

(マージョリー・アゴシン)「過去を忘れた国は心も失います。あのとき国民と軍部がお互いにしたことを忘れてはいけません。同じことを二度と繰り返さないためです。そしてもっと良い歴史をこれから作っていくために記憶にとどめておくべきなのです。」

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行方不明者の家族の闘いは終わっていません。彼女たちが20年以上問い続けてきた疑問は解決されていないのです。家族に何があったのか、どこに居るのか、まだ生きているのだろうか。

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「あれほどの拷問にあって生き延びるのは難しいでしょう。全員亡くなっているかもしれません。」
エルモシーラ「息子は生きていると信じてきました。山奥にでも監禁されているんだろうって。」

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モラレス「まず家族を探すこと、そして犯罪者を裁きにかけることが私たちの目的です。復讐のためではありません。これを繰り返さないためです。」

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エルモシーラ「デキニン報告を聞いた時、愕然としました。全員が死亡し、大半は海に投げ捨てられたと大統領が発表した時、私はつぶやきました。きっとあの子も死んだんだ。」

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ドリス・メニコーニ「息子が瀕死の状態だったのを見た人がいました。同じ牢獄にいたという人です。お腹をつぶされて、もうダメだと言っていたそうです。息子が生きている可能性がわずかでもあれば。私はそれに掛けてきました。でも、その人の話から察してあの子はもう生きていないでしょう。たぶん」

エルモシーラ「神を信じることで私は強さと息子を見つける希望を持つことができました。
たとえ息子が生きていなくても、私に返して!埋葬させて欲しいのです。そのためにだけ生きています。」

ドリス・メニコーニ「息子は私の心の一部です。それがかけた状態では何もうまくいかないのです。」

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エルモシーラ「死ぬ瞬間まで彼らを許しません。私は息子のことを何も知らずに死ぬんですから。」

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ドリス・メニコーニ「人間と人間のつながりが何なのかを考えてもらう上で、ぜひ言いたいことがあります。世界じゅうのどこの国であろうと、人間の痛みと命は絶対に尊重されなければならないということです。チリだけでなく、南米、南アフリカ、どこの国であれ、苦しむ人がいてはいけないんです。 

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"Threads of Hope" produced by CANAMEDIA PRODUCTIONS
制作:カナメディア・プロダクションズ 1992年
NHK教育「海外ドキュメンタリー」1999年2月12日 放送
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