治安維持法の時代  政党法の障謀に抗して

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治安維持法の時代 
    政党法の陰謀に抗して  
                       大島博光

思い出せば わたしがはたちの若者だった頃
世界恐慌の波が 日本をももろに巻きこんで
雲ゆきの早い 嵐の時代がもう始まっていた

わたしは早稲田のキャンパスにいた 教室で
「戦旗」が 手から手へ さっと配られた
新しい風が 夢みがちな若者をよび覚した

わたしは始めて「空想より科学へ」を読んだ
夢が あれほど強くわたしを捉えたことはない
十月革命の光芒が わたしの空を照らした

朝焼けの空の下 わたしもビラを撒きに行った
市電の 高円寺車庫に 下落合のゴム工場に
七月の夜明けの なんと清(すが)すがしかったことか

治安維持法が 大手を振ってのさばっていた
眼つきの悪い ハンチングをかむった犬どもが
いたるところ 路地や木かげにつっ立っていた

きのうまで いっしょに歌っていた学友たちが
忽然と姿を消して 二度とは現われなかった
それは 神かくしではなく 狼かくしだった

戸塚署の留置場は 黒い学生服で溢れていた
「三・一五 怨みの日 われらは君に誓う*」
そっと歌って 若者が街を通りすぎて行った

新緑の日比谷公園をメーデーのデモが出発すると
やにわに隊列のなかから 星が引き抜かれて行った
まるで 櫛から歯が 無理にもぎとられるように
築地小劇場の舞台の上からも 観客席からも
やつらは手当り次第に しょっぴいて行った
まるで革命劇の生まなましい劇中劇のように

体(からだ)じゅう赤黒く紫ばれにされて 築地署で
小林多喜二は虐殺された 二十九歳の若さで
やつらは あけぼのの一つの光を消しさった

だが罠に落ちたのは 共産党員だけではなかった
社会民主主義者も ヒュマニストも キリスト者も
自由主義者さえも ひっ捕えられてぶち込まれた

それらすべては ファシスムそのものだった
その血のしたたる悪法は 立ち上った人民を
縛りくくり殴り殺す 鎖 棍棒 斧だった

それらすべては また侵略戦争への過程だった
サーベルと長靴が わがもの顔にのし歩き
若者たちは 戦場へと駆りたてられて行った

だがそこに ただひとつ 何ものをも怖れずに
侵略戦争反対! を叫んでいた 党があった
太陽は覆われていたが ひかりは射していた

そのときだ 天皇制の法廷にすっくと立って
偉大な市川正一同志が 火の言葉を吐いたのは

「党の勝利 プロレタリアートの勝利は必然である**」

思い出せば それはもう半世紀もむかしのこと
いままた ファシストがしゃしゃり出てきて
やつらの 治安維持法の時代をなつかしがって

政党法などという罠を かけようというのだ
そんな悪夢の悪法を 生き返えらせてはならぬ
歴史の歯車を逆まわしに まわさせてはならぬ

             一九八四年三月

* 当時、一九三〇年頃、この歌は「赤旗の歌」の曲でうたわれていた。
** 新日本出版社『日本共産党の六十年』上巻七八ページより。

<『文化評論』1984年>
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