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スペイン紀行 1.マドリードで(中)

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 マドリードに来れば、やはりネルーダのことを思い出さないわけにはゆかない。一九三四年、ネルーダは新進詩人の名声を抱いて、総領事としてマドリードに赴任してきた。彼はロルカ、アルベルティ、セルヌーダなどの若いスペイン詩人たちに歓迎されて、かれらといっしょに詩誌「緑の馬」を出すことになる。当時、スペインは一九三一年の合法的な選挙の結果、ブルボン王朝が崩壊し、共和制を迎えたところであった。そしてスペイン詩も輝かしいルネッサンスの季節を迎えていた。しかしそれも束の間、フランコの反乱と襲撃によって、すべてはくつがえされる・・・ネルーダはフランコの暴虐を眼のあたりに見て、あの有名な「そのわけを話そう」を書く。

 わたしは マドリードの街に住んでいた
 鐘楼があり 時計塔があり
 たくさんの木があった
 はるか遠くに
 カスチリヤの乾いた顔が見えた
 広漠とした 革の海のように!
 ・・・
 ある朝 まっ赤な火が
 大地から吹き出して
 ひとびとをなめつくした
 そのときから 戦火が燃えあがり
 そのときから 硝煙がたちこめ
 そのときから 血が流れた

 悪党どもは飛行機をもち モール人たちを連れ
 悪党どもは指輪をはめ 公爵夫人たちを連れ
 悪党どもは 祈りあげる黒衣の坊主どもを連れ
 悪党どもは 空の高みからやってきて 子供たちを殺した
 街じゅうに子供たちの血が
 子供の血として素朴に流れた
 ・・・
 きみたちはたずねる──なぜ わたしの詩が
 夢や木の葉をうたわないのか
 故国の大きな火山をうたわないのかと

 来て見てくれ  街街に流れてる血を
 来て見てくれ  
 街街に流れてる血を 
 来て見てくれ 街街に流れてる
 この血を!
     (角川書店『ネルーダ詩集』三四ページ)

 この詩集をさかいとして、ネルーダはモダニズムの詩人から革命詩人へと進み出てゆくこととなる。それから四〇年後、ネルーダの祖国チリがおなじような悲劇に襲われることになろうとは。そのチリ支援の国際会議がこのマドリードでひらかれているのである。なんと歴史の歯車のめまぐるしいことだろう。

 十日の夜、ネルーダの『回想録』から作られたシュプレヒコール劇を観るために、ホセ・アントニオ通りの横丁にある小さな劇場に行った。劇場は古いビルの二階にあって、小さいながら古い由緒のある劇場らしく、王朝風の装飾や絵画などで飾られていて、およそネルーダのシュプレヒコール劇とはそぐわないような感じがする。六十歳を越えたような老婆たちもきていて、きいてみると、むかしからネルーダの芝居が好きで、よく来るのだと言った。
 シュプレヒコール劇が始まってまもなく、突然、場内が騒然となり、観衆が立ち上がって退場を始める。「ボンブ!ボンブ!」(爆弾だ!)という女の叫び声がする。その割には、あわてふためくという騒ぎにもならずに、みんなが街に出る。きくところによると、右翼がしかけた爆弾らしい怪しい物体が階下の廊下に見つかったということらしい。右翼の襲撃におびえているスペインの姿がそこにある。そういえば、わたしたちがマドリードに着いた日にも、三人の警官が右翼のテロによって殺されたということだった。つぎの日には、その右翼のテロに反対する民主勢力のデモが行われた。
               (つづく)

(『詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行』)

マドリッド二人
間島三樹夫さんと

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