スペイン紀行 1.マドリードで(上)

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 一九七八年十一月八日
 きのう正午(ひる)ごろ成田空港を発ってきて、パリで一泊したあと、朝早くノートルダムからパリ市廳のあたり、黄色い落葉を敷いたセーヌの河岸をぶらぶら歩いただけで、きょうの昼には、パリ南部のオウルリ空港からイベリヤ航空機に乗る。マドリードでひらかれるチリ連帯国際会議に出席するためである。一行は、チリ連事務局長の間島三樹夫さんと画家の飯野さん夫妻とわたしである。機内は満席で、晩秋にしては汗ばむように温かい。見ると、わたしたちのほかにも、アジア人とかアフリカ人とすぐわかるような乗客が大勢乗っている。あとでわかったのだが、この便のほとんどの乗客が、こんどの国際会議に出席する、ソヴェトやフランスやベトナムなどの代表であった・・・。はじめは下にうつくしいフランスの野や森が見えていたが、やがて飛行機は秋の白い雲のうえに出て、どこを飛んでいるのか、かいもくわからない。いつかピレネーを越えて、二時間後にはもうマドリードに着く。

 マドリード空港には、スペイン側の接待員が待っていてくれて、わたしたちを車で宿舎のホテル・コンヴェンションへ案内してくれる。その接待員のひとり、マリーナ・プレシオーン嬢は、二十歳(はたち)のスペイン共産党員で、いわば、あの「ラ・パッショナリヤ」の孫娘というところだ。かもしかのような長い細い脚を黒い細身のズボンでつつみ、白いレースのブラウスをきていて、清楚で行動的である。黒い睫毛も長く、愛くるしい眼をしている。男の同志が「マリーナ」と呼ぶ声は、まるで恋びとの名を呼んでいるように、感情がこもっているいるようにひびく。わたしはすでに、マリーナと呼びかけた男の同志に、ほのかな嫉妬をおぼえたのかも知れない。彼女のおかげで、スペインには美人が多いということに気がついた。

 空港から市内へはいるあたり、そこらの壁や荒地にもあのスペイン戦争の弾痕や傷あとがまだ残っているような郊外・・・。途中、ふと見ると路の左側の小高いところに、ITT(国際電信電話)の黒くて高い四角のビルが不気味にそびえている。これこそ、チリの反革命クーデターを演出した悪名高い多国籍企業ITTにほかならない。

 ホテル・コンヴェンションは、オドンネル街の表通りから裏通りまでの一角を占めた大きなホテルだ。このオドンネル街には、細い葉をつけたにせあかしやの並木がつづいていて、そのうしろに兵営か何かを思わせるようなどこか暗いきびしい表情をした家々高く並んでいる。ホテルの玄関のあたり、むかしの日本陸軍兵士の帽子とそっくりな、赤い横帯のついたカーキ色の帽子をかぶった警官が3,4人武装して立っている。あとできけば、右翼が押しかけてくるかも知れないので、そのための警備ということであった。
 ホテルに地下には千人以上も収容できる大会議場があって、翌九日から国際会議もそこでひらかれた。広いロビーも地下室の大会議場も、世界の四方から集まってきた代議員や関係者でごったかえすような賑やかさである。会場もほぼ満員で、さすがに大規模な国際会議となる。議長団にはアジェンデ未亡人、コルバラン書記長などの顔が見える。会議はカリリョ・スペイン共産党書記長の開会の演説によって始まった・・・
 思えば、ついこないだまで、ファシスト・フランコの圧制下にあったここスペインのマドリードで、おなじように軍部ファシストの圧制下にあるチリ人民を支援する国際会議がひらかれるとは、なんという歴史の皮肉であろう。こうしてチリ人民への熱い連帯の心を抱いて、いま人びとは世界のすみずみからマドリードに集まって、チリを見つめ、チリのために心をくだいている。ソヴェトのエフトシェンコは長い長い詩を読んで満場の拍手を浴びた。ベトナムの代表は、会場には来られなかった詩人チェ・ラン・ビアンの、ネルーダに贈る詩を朗読して、深い感動をあたえた・・・それは四〇年のむかし、国際ファシスト軍と戦うスペイン人民戦線軍を支援するために、世界じゅうからやってきた義勇兵のことを思い出させる。そしてわたしは、その義勇兵たちを歌ったラファエル・アルベルティの有名な詩『国際義勇旅団にささげる』を思い出さずにはいられない。国際主義の精神を感動的に讃えたこの詩をわたしはもう何度も引用したが、もう一度ここに書いておきたい。
  国際義勇旅団にささげる
              ラファエル・アルベルティ

きみたちは遠くからやってきた・・・だがその遠さも
国境を越えて歌うきみたちの血にとって何んであろう?
避けがたい死が毎日 きみたちを名ざしているのだ
町なかだろうと野っ原だろうと路上だろうと お構いなしに

こっちの国 あっちの国から 大きな国 小さな国から
ほとんど地図の上に色もついていないような国から
おんなじ根から生まれた おんなじ夢を抱いて
素朴で無名のきみたちは 話しながらやってきた

きみたちは 壁の色さえも知らぬこの城壁を
うち破りがたい約束でもって 堅めるのだ
その身を埋めるここの大地を 断固として守るのだ 
砲火に向かって 戦闘服をまとったままの死を賭して

いつまでもいてくれ──木々も野っ原もそう頼むのだ
おんなじひとつの感情を呼び起こし 海をも動かす
あの光の小さな火花たちもそう願うのだ 兄弟たち!
マドリードはきみたちの名前で偉大となり光り輝いている
               (つづく)


国際会議にて
チリ連帯国際会議 会場にて


<注釈>
博光には<フランス紀行>と<スペイン紀行>からなる「ヨーロッパ紀行」を出版する構想がありました。草稿および編集者との打ち合わせメモがありますが、出版した形跡はありません。
<スペイン紀行>
1.マドリードで (ヴィクトル・ハラの手)
2.グラナダ──アランブラ宮殿
3.ロルカの家
4.コリウール──アントニオ・マチャードの墓

(『詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行』)
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