ある郷土資料館

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 ある郷土資料館
                        大島博光

 数年前、わたしは天才詩人アルチュル・ランボオの生地シャルルヴィル・メッジエールを訪ねた。パリから特急で二時間半ほどの処である。フランス西北部の辺境の地で、ベルギー国境にあるアルデンヌ県の県庁所在地である。第二次大戦ではドイツ軍の機甲化部隊が怒涛(どとう)の進撃をつづけた処でもある。
 わたしはまずランボオ博物館を訪れた。それは石造りの三階建てで、ムーズ河の岸べにあった。十七世紀に建てられたもので、むかしは水車小屋であった。ランボオの記念室は三階にあって、一階と二階は郷土資料室になっている。フランスでは、どこの町でもこういう郷土資料館というものがあって、その町や地方の生んだ詩人や芸術家の記念室をそこに併設するのがならわしのようである。
 この郷土資料室も独特のものであった。森のなかで小鳥を捕らえるワナや、カスミ網に似た網仕掛けなどが陳列されていて、その網を操作している絵図や、それを描いた油画までがかけてある。またこの地方の古い家具調度品や陶器、皿、ランプのたぐいも並べてある。とりわけ眼をひくのは、この地方で使われていたむかしの鍛冶屋の黒ぐろと錆びた道具類である。一八世紀から十九世紀中頃まで、一日十五時間労働で、この鍛冶道具で釘などをつくった、という解説がついている。それはマニュファクチャーという言葉に、汗の匂いと労働のひびきをあたえて肉づけするもののように見えた。
 それから重そうな大きな鋤(すき)や、やはり重そうな木靴(サポ)などが、アルデンヌの野づらでの、つらい畑仕事をいまに物語っている。それらはいわばフランスの辺境の地で、人民が遠いむかしから、フイゴを動かして釘や鋤をつくり、木靴をはいて畑を耕し、森で小鳥を捕ったり狩りをして、一生懸命に働いて生きてきた、その息遣いや、そのなかであげた陽気な歌声さえをも、いまに伝えているのである。パリ・コミューヌをほめたたえた反抗詩人ランボオは、こういう人民のなかから生まれてきたのだ──この郷土資料館はそのことをわたしに教えてくれたのである。  (おおしま ひろみつ=詩人)

<『明日の農村』1985年3月号>
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