早逝した詩人・五十嵐二郎

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博光が眼の覚めるように美しい追悼詩「不思議の床」を捧げた五十嵐二郎は博光より二歳年上の「蝋人形」同人でした。<五十嵐二郎 明治三十八年四月三十日新潟県南蒲原郡下條村に生る。早大英文科卒。『聖杯」「東方詩派」など次から次へと発刊したけれど皆中途にて廃刊す。「蝋人形」同人。東京市世田谷区松原町一ノ三>(「蝋人形」昭和11年1月号 全国詩人録)
「蝋人形」昭和11年3月号のグラビア写真「東京支部かるた会」では西條八十、大島博光、門田穣らとともに最前列に並び、名前が記載されており、有力な同人だったようです。

かるた会
「蝋人形」東京支部かるた會(昭和11年1月 新宿・十二社)
前列右より一人おいて五十嵐二郎、大島博光、加藤憲治、西條主宰、門田穣の諸氏。

また五十嵐二郎は火野葦平、丹羽文雄、寺崎浩、新庄嘉章らと早大英文科時代の同期で、同人雑誌を一緒にやっていた、特に親しかったひとりと火野葦平が書いています。(ご子息 五十嵐雅郎氏のエッセイ<作家火野葦平先生の「河童の絵」>)
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