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エリュアール「パブロ・ピカソへ」

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 パブロ・ピカソへ
                 ポオル・エリュアル
                 大 島 博 光 譯

    Ⅰ

あるものは倦怠をあるものは笑ひを創造した
そしてあるものは生命を嵐の外套に裁(た)つた
かれらは蝶を撲殺し鳥を水に變へ
そして黒の中へ死にに出てゆく

君は眼を開いた眼は自己の路を
あらゆる年齢の自然物のなかに突き進めた
君は自然物を収穫した
そして君はあらゆる時代のために種子を蒔く

ひとびとは君に魂と肉體を説いた
君は再び肉體のうへに頭を置いた
君は飽満した人間の舌を刺しつらぬいた
君は麺麭を焼き美を祝福した
ただひとつの心臓が偶像と奴隷に生命を吹きこんだ

そして君は君の犠牲の中で描きつづける
無邪気に

つひに悲哀に接木された歓びは終つた

    Ⅱ

一塊の空気髪の毛の楯
交差した三本の剣である君の視線の背後で
君の髪の毛は逆きやすい風を編む
君の顛倒された顔色の下君の額の圓屋根と斧は
突きでた口を赤裸に解放する
君の鼻は圓く静かである
眉毛は軽く耳は透明である

君の眼からは何ものも逃れられない

    Ⅲ

彷徨を終へてすべては可能である
圓卓は樫の木のやうに直立してゐるから
坑道の色希望の色
われらの小さな畑には金剛石(ダイアモンド)のやうに
すべての星が映るから

すべては可能であるひとは人間と獣との友である
またがる虹のやうに

交互に燃えそして凍る
われらの意志は眞珠母である
それは萌芽と花を變へる時の流れによつてではなく
われらには知られない手と眼によつて

われらは眼に見えるすべてのものに触れるだらう
女にも同じく天空にも
われらはわれらの手を眼へ接ぐ
祭りは新しいのである

    Ⅳ

荒野の家の窓に當てられた牡牛の耳
そこには傷ついた太陽
ひとつの内部の太陽が埋没される
覺醒の壁紙部屋の内壁は
睡眠にうち勝つた

    Ⅴ

あのひき裂かれた新聞紙より乾燥した粘土があらうか
それをもつて君は躍りこむ黎明を征服するために
單純な物體の黎明を征服するために

君は愛をもつて描く存在することを待つてゐるものを
君は空虚の中に描く
ひとびとが描かないやうに

寛大に君は雛鳥の形(フォルム)を截(き)りとつた
君の手は賭けた君の煙草包みとコツプと瓶と
そして煙草包みとコツプと瓶とが勝った

子供世界がひとつの夢想から出てきた

よき風をギタアと鳥へ
唯一の情熱を寢室と小舟へ
死んだ緑色と新しい酒へ

湯浴みする女の脚は波と濱邊を露出させる
朝君の青い鎧扉は夜のうへに閉ざされる
畔の中で鶉は榛の實の匂ひがする
過ぎ去つた八月の月月と木曜日
色彩られ響きわたる農夫の収穫
沼地の鱗巣の早魃

嗄れた日没の傷ましい燕に向けられた顔

朝は緑の果實に火をともし
穂を頬を心を黄金に色どる
君は指のなかに焔を掴み
そして火事のやうに描き塗る

つひに焔は結合しつひに焔は救はれる

    Ⅵ

私は女の變りやすい影像を再び知る
二重の天體動く鏡
砂漠と忘却を否定する女

生命を生命に彼女の血を血に與へる
ヒースの奥の泉火花信頼

君が彼女の歌をうたふのを私は聞く
彼女の想像された無数の姿(フォルム)を
田園の寢室を用意し
それから夜の蜃気楼を染めにゆく彼女の色彩を

そして愛撫が去り行くとき
尨大な暴力が残る
疲れた翼の邪悪が残る
暗鬱な變貌
不幸が貪り食ふ孤独な民衆

見るといふことの悲劇そこには
自己と自己に似たもののほか見るべき何ものもない

君は君を消滅させることはできない
君の正しい眼の下にすべては穗へる

そして目前の記憶の基礎のうへに
秩序も無秩序もなく單純に
見ることを與へる魅惑は立ち上がる

(「アトリエ」特輯「ピカソ一九三八」 昭和14年3月)
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