"Threads of Hope" (7) 体に鎖を巻いて抗議 Women chained to parliament gates

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(7) 体に鎖を巻いて抗議 Women chained to parliament gates

集会
放水

年月がたつにつれ家族を探す女性たちのあせりは募りました。国際的な支援に勇気づけられ、さらに大胆な抗議運動をするようになりました。

鎖

むかしの国会議事堂の門に体を縛って抗議しました。私たちはそれを前から計画していたんです。鎖をしばってて錠ををかけてしまえばもう外すことはできません。

鎖
パッチワークに

こわくて足が震えていました。どうなるかわかりませんでした。
私たちの勇気をみんなが称えましたが、カネを貰っているんだろうなどと侮辱する人もいました。

警察

警官が鎖を外そうとして鍵はどこだと聞くので、川に捨てましたとか、家においてきましたと答えました。
警官が鎖を手にとってこれはなんだというので犬の鎖だと言いました。貞操帯の代わりにつけているんですと言いました。
拘束されて家に帰ると娘たちが悲しんでいました。私を抱いて「お母さん、抗議運動をするのは正しいけれど、もう無理よ。いつまで続けるの」とききました。私は答えました。「真実がわかるまで」

ろうそくを持ってデモ行進

元気を

子供が行方不明になった母親たちは毎年集会を開いていました。イメリアさんは集会の知らせをハンカチに書いて近所の人達に配っていました。
「息子のことを思い出してほしくて」「元気を出してね」
「また一年たったわね。昨日みんなで そう話していたのよ。」

みんなで
ハンカチ

(ろうそくを持ってデモ行進、シュプレヒコールと合唱)

ロウソク
あの子が

あの子がいない間にバラの木を植えましょう
あの子が好きな木を気長に世話しましょう
あの子が戻った時に バラの花を摘めるように
みんなで手を差し伸べ 手を取り合いましょう
希望を確かめるために

みんなで

家族を失った女性たちの不安と苦しみ

デモ

20年間にもわたる捜索 そして不安と苦しみは家族を失った女性たちの心に重くのしかかってきました。
「私たちが一番つらいのは情報がないことです。なにがおきたかわからないのは、はい、彼は死にましたといわれるよりも苦しいことなんです。」(モラレス)
「家族が生きているか死んでいるかわからない状況では嘆くことさえ出来ません。家族がどこに監禁され、どこで死んだかもわからないのです。彼女たちには行って泣くべき場所、いなくなった家族を思い出し、一緒になれる場所さえないのです。」(アゴシン)

不在

「精神的にまいってしまった人もいます。子供を失なった母親ほどつらいものはありません。
独裁政権の狙いはまさにそこでした。家族の一員を拉致することで家族全体を崩壊させたのです。
国外に追放されたり、投獄されたり、路上で殺された人もいます。まずその苦しみを克服しなければ葬儀さえ出来ないのです。」(モラレス)

「息子を失って4年間は最悪でした。自殺しようと思いました。本気でそう思ったのです。」(イメリア)

家族

「夫は家族みんなでチリを出ようと言いました。他の子供達にも私にも言いました。
でもあたしはそれを聞き入れませんでした。息子を探すためにここにとどまったのです。」(メニコーニ)

(つづく to be continued)

『パッチワークに願いを込めて ~ピノチェト軍政下・女性たちの闘い~』
"Threads of Hope" produced by CANAMEDIA PRODUCTIONS
・制作:カナメディア・プロダクションズ 1992年
・NHK教育「海外ドキュメンタリー」1999年2月12日 放送
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