『パッチワークに願いを込めて』"Threads of Hope" (4) 抗議運動を始める Start of the protest movement

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(4) 抗議運動を始める Start of the protest movement

デモ

女性たちはついに通りに出て独裁に対する抗議運動を始めました。彼女たちの勇気は多くのチリ人を奮いたたせました。
「軍の狙いは人びとを黙らせることでした。でも彼女たちはそれを拒んだのです。」(マージョリー・アゴシン)

デモ
デモ
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女性たちは行方不明の家族の写真を胸にかけ、抗議しました。
軍事政権は女性が自分たちを脅かすとは思ってもいませんでした。危機感を持った軍や警察は彼女たちを殴ったり逮捕するようになりました。そして女性なども留置場に送るようになったのです。

デモ

(ビオレータ・モラレス)「警官は私たちを逮捕すると体の傷あとや名前について尋問し、ファイルを作りました。でも一番怖い思いをしたのは、”お前たちも全員殺しておくべきだった”と警官に言われ時でした。」

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パッチワークに

「私は女性刑務所に送られました。そこに5日間、警察署に2日間拘束されていました。警官には残酷でとても下品な扱いを受け、いままでにないつらい経験をしました。
でも、時間がたつにつれ恐怖心が薄れていくのが分かりました。恐怖心も克服し、乗り越えることができるのです。」
(マージョリー・アゴシン)「街に出て抗議した人たちは国に子供を奪われた母親たちでした。ラテンアメリカでは伝統的に女性たちに母親としての役割を強く求めます。
そこで女性たちはいいました。私たちは母親です。でも国が私たちの子供を奪ってしまったので、取り戻します。
政府にとっては反体制的な母親たちでした。」

デモ
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拷問


逮捕されている人びとがひどい拷問にあっているという情報が次第に市民の耳にも入るようになりました。拷問の方法は電気ショックや火あぶり、水攻め、レイプ、手足の切断まで、残酷を極めていました。住宅街のなかにある、一見それとは分からない建物の中でも人びとが監禁され拷問されていました。

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「1974年の9月の朝早く、私は息子がこの留置場に監禁されているのではないかと思い、探しに行きました。近所に住む男性がこう言いました。「いかない方がいい、夜明け近くに大勢が拷問されて、まるで犬の遠吠えみたいなうめき声がするんだ。」私は息子がいるはずだから行ってみますと答えて建物に入ろうとしました。でもメンバーが病院だと言いはって、中に入れませんでした。

51 刑務所

(つづく to be continued)

『パッチワークに願いを込めて ~ピノチェト軍政下・女性たちの闘い~』
"Threads of Hope" produced by CANAMEDIA PRODUCTIONS
・制作:カナメディア・プロダクションズ 1992年
・NHK教育「海外ドキュメンタリー」1999年2月12日 放送
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