『パッチワークに願いを込めて』"Threads of Hope" (2) 恐怖政治の幕開け

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(2) 恐怖政治の幕開け Beginning of the reign of terror

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1973年9月11日 、チリの首都サンチアゴでピノチェト率いる軍部がクーデターを起こし、アジェンデ社会主義政権を打倒しました。彼らは数日のうちにチリ全土を掌握しました。

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軍事政権はただちに戒厳令を施きました。議会を閉鎖し、言論や報道を規制、そして政権を批判するあらゆる活動を厳しく取り締まりました。クーデターから間もないうちにチリ全土で4万人以上が逮捕されました。恐怖政治の幕開けです。

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当時39歳だったニュートン・モラレスさんは化学工場に勤め、労働組合の委員長をしていました。

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「3人の秘密警察官がきて、私たちの目の前で兄を捕まえたのです。警官の一人は、ちょっと話を聞くだけだ、すぐに返すから、といって兄を連れて行ったんです。」

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イネリアさんの息子チトは当時19歳の学生でした。彼もまた母親の目の前で連れ去られました。

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「私は警官にどういうことか説明して下さいと言いました。ついてくると痛い目にあうぞと脅されましたが、必死にあとを追いました。ここにトラックが止まっていました。警官が息子をトラックに押し込んだのです。私もトラックによじ登ろうとしたんです。でもその途端、警官が殴りつけてきました。その上蹴られたのです。私は倒れてしまったんです。」

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逮捕された人びとは過酷な取り調べを受けました。大勢が拷問され、処刑されました。殺された人たちは路上に放置されたり、ヘリコプターから川に投げ捨てられたり、秘密の墓地に埋められたりしました。

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家族を連れ去られた女性たちは必死で彼らを探しました。警察署、刑務所、病院、そして死体置き場まで。あらゆるところを見て回りました。

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「死体置き場の係員が昨日7つの死体がみつかったと言いました。私は頭が真っ白になりました。無我夢中で全部ひっくり返してみました。息子は背中と肩に傷があったからです。でもそのなかにあの子はいませんでした。」(イネリア・エルモシーラ)

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サンチャゴの国立競技場には何百人もが勾留され、その後刑務所に送られた人もいれば、釈放された人もいます。しかし、大部分の人はどうなったか分からないままです。軍事政権側はそれについて一切関知しないと言い続けました。

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教会が支援

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恐怖と混乱の中で人びとは教会に救いを求めました。
「最初に私たちに救いの手を差し伸べてくれたのは教会でした」(ビオレータ・モラレス)

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うちのめされた国民を守るためにカトリック教会のシルバ大司教が軍事政権に抵抗しました。大聖堂の離れにある宗教関連の書店を傷ついた人びとの避難場所として開放したのです。教会の庇護のもとにあるこの場所には警官も手出しが出来ませんでした。

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聖職者に加え、医者や弁護士、ソーシャルワーカーが力を合わせ始めました。彼らは行方不明者に関するファイルを作成し、それを保管するセンターも設立しました。軍事政権による人権侵害に立ち向かうため、動き始めたのです。

犠牲者

(つづく to be continued)

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