「レジスタンスと詩人たち」あとがき

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 あとがき

 わたしが初めてアラゴンやエリュアール、ギュヴィックなどの抵抗詩を読んだのは、太平洋戦争が終って数年後のことであった。わたしは『フランスの起床ラッパ』(新日本文庫)のあとがきにつぎのように書いている。
 「一九五〇年頃、初めて『フランスの起床ラッパ』を読んで訳したときの、ほとんど衝撃的な感動をわたしは忘れることができない。詩がこれほどわたしを根底からゆさぶったことはなかった。わたしはそこに、美と真実とが、詩と伝説とが、そして詩と歴史とが、みごとに結びつき、とけあった詩的奇跡をみる想いがした……」
 その後もわたしは多くの抵抗詩を訳しつづけたが、それらの力と魅惑にあふれた抵抗詩をより深く理解するために、それらの抵抗詩を生みだすにいたった、フランスの歴史的社会的文化的背景、およびフランスのレジスタンスの歴史そのものを知りたいという想いが、いつもわたしにつきまとっていた。それがこの本の書かれるにいたった動機であり理由である。レジスタンスの詩が力づよい生命力にみちているのは、それが現実世界にたいする鋭い凝視から生まれた自由な創造であり、ファシズムとたたかい生きる勇気を歌いあげているからである。
 ところで一九四〇年から一九四五年にいたるフランス・レジスタンスの時代は、日本帝国主義が中国全土への侵略から太平洋戦争へと拡大していった時代とほぼ重なっている。フランス人民が、ナチス・ドイツおよびペタンのファシズムとたたかって多くの血と涙を流していたとき、日本では、戦争とファシズムに反対した、ひとにぎりの先進的で自覚的な人たちが、いち早く天皇制ファシズムの苛酷な弾圧によって虐殺され投獄され、あるいは沈黙させられていたとはいえ、多くの国民が、作家詩人芸術家をふくめて、軍部ファシズムのいうがままに盲従し、あるいはすすんで戦争に協力するにいたったことは、よく知られているとおりである。それはわたしじしんにとってもにがにがしい思い出となっている。ファシズムにたいするフランス人民の勇敢な闘争と日本人民の盲従屈服とは、まことにあざやかな対照をみせている。このちがいの根もとには、いろいろな歴史的民族的な要因があるだろう。そのひとつとして、民主的伝統の深さと浅さのちがいを読みとることもできよう。           .
 こんにち、ふたたび高まるファシズムと戦争の足音がきこえてくるとき、この小著が反ファシズム闘争にとってなにほどかの意義あるものとなるならば、著者にとって望外の幸せとなろう。
 なお、多くの有名無名の詩人たちによるレジスタンス詞華集をもこの本につけ加えるはずであったが、割愛することになった。

  一九八一年九月

<大島博光『レジスタンスと詩人たち』白石書店 1981年>
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