レジスタンスは今日のもの Resistance is today's theme

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 レジスタンスは今日のもの Resistance is today's theme

 フランス・レジスタンス(一九四〇年〜一九四五年)からおよそ四十年が過ぎた。レジスタンスの血と涙と英雄たちを追憶するモニュマンや史跡は、パリはむろんのこと、フランスじゅういたるところにある。パリのシテ島、ノートル・ダムの裏がわの小さな公園は、セーヌ河にむかって舟のへさきのように突きでている。そのへさきの部分は、いま、うすいだいだい色のコンクリートの壁でおおわれ、その壁に「二十万の殉難者たちのために」と大きな文字で刻まれているのが見える。その向こうは何か資料室にでもなっているらしかったが、時刻がおそく、わたしは見ることができなかった。それから橋をわたって、古本屋の並んでいるサン・ミッシェル河岸を歩いていて、ふと気がつけば、マロニエの木かげのコンクリート壁に小さな銅版がはめこまれていて、「第五区の国民戦線の英雄たち、ここに倒れる」という文字と数名の名前が刻まれている。またパリ・コミューヌ(一八七一年)の多くの戦士たちが銃殺されたことで知られる、あのペール・ラシェーズ墓地の「連盟兵(フェデレ)の壁」のまえにも、殉難の悲劇をかたどった、大きなブロンズの群像から成るモニュマンがあり、レジスタンスの英雄の名前を刻んだ大きな墓碑も立っている。シャルトルのカテドラルの近くの通りには、ここの県知事で、やはりレジスタンスのために銃撃されたジャン・ムーランの記念碑がある。
 レジスタンスからおよそ四十年が過ぎた。そしてこれらのモニュマンが何を意味するか知らない世代、レジスタンスと戦争を知らない世代があらわれて来ている。
 「事件は過ぎてゆく。事件を目撃した人たちもやがて死んで、眼を閉じる。伝説は、二度ととらえることのできぬ火のように年とともに消えさってゆく。ではいったいだれが過ぎさった世紀の秘密をさぐりとることができるのか?」(ヴィクトル・ユゴー)
 こうして、レジスタンスの歴史、レジスタンスの詩が見なおされ、その記録、資料、証言などがふたたび集められ、まとめられているのである。レジスタンスとはどのようなものであったかを、のちのちの世代に知らせ伝えるために。
 ピエル・デュランの『レジスタンス』(ラ・ファランドール社版)の序文に、詩人で歴史家のマックス・ポル・フーシェは書いている。
 「……レジスタンスは、すでに歴史にぞくするもの、過ぎさった過去のもの、消えさったもの、ではない。……ヒットラーの、ムッソリーニの、およびその同類のファシズムは、苛酷な闘争と多くの犠牲のおかげで、うち倒された。しかし、ファシズムそのものは死にはしない。ファシズムという野獣には、生まれかわる怖るべき力がある。この野獣に生命を与えるもの──すなわち、大衆からの搾取、暴力への噂好、正義と自由への憎悪が、ひきつづき追求されているからである。わたしがこの文章をかいているときにも、人民のチリは軍事政権によって血ぬられており、ギリシャでは、学生たちが銃弾のもとに倒れ、スペインはあいかわらず圧制のもとにある。
見たまえ、レジスタンスは、きのうのものであったように、こんにちのものである。……それはファシズムへの闘争をよびかけている。青年たちよ、それはとりわけきみたちに呼びかけている。なぜなら、きみたちの幸福、きみたちの運命はレジスタンスにかかわっているからである。」


<大島博光『レジスタンスと詩人たち』白石書店 1981年>
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