「レジスタンス展示館を訪ねる 」

ここでは、「「レジスタンス展示館を訪ねる 」」 に関する記事を紹介しています。
1979年に掲載された赤旗・緒方靖夫特派員(当時)の記事がとってありました。

レジスタンス展示館

レジスタンス展示館を訪ねる
                   ──パリ近郊のイブリ市に──

 モーリス・トレーズの呼びかけで

 フランスには各地に、ヒトラー・ドイツ軍の侵略、占領にたいするレジスタンス闘争の舞台となった場所があります。田舎のひなびた村でも、かならず犠牲者の碑がたてられており、記念されています。
 さきごろ訪れた、世界的に有名な観光地ロワール渓谷でも、たくさんの碑が目にとまりました。たとえば、ユゼットでは、二百人の住民が全員殺され、その全員の名前をきざんだ記念碑が役所前にたっています。
 ことし八月、パリは解放三十五周年をむかえました。この機会に、パリ近郊のイブリ市に、レジスタンス展示館を訪れてみました。
 展示館は八月から一カ月問仮設されたもので、百枚をこえるパネルに、闘争の発展を写真、年表、当時の新聞や文書を使ってわかりやすく説明していました。
 展示は、十六年前にフランス共産党書記長モーリス・トレーズの呼びかけで発足した「レジスタンス博物館建設委員会」が主催しています。責任者ばアンドレ・トレ氏(当時のパリ解放委員会委員長、六十六歳)。
 この展示品以外に、数千点の記念品が、博物館の開館をまっています。レジスタンス兵士が手にしてたたかった銃、パラシュート、通信機、ラジオ、印刷機、連絡用に使った二重底のハンドバッグ、レジスタンス連隊旗、政治囚の学習ノート、詩集、政治囚がつくった木ぐつ、パイプ、解放直前の監獄のパンのかけら、ナチに虐殺された兵士の血でそまった土・・・。倉庫には、そうした記念品がところせましと集めてありました。兵士がヒトラーの書斎から失敬してきた、革張りのみごとな本まで。
 こうした資料は、労働運動の活動家としても知られ、当時パリ解放闘争を指導して、アイゼンハワー連合軍司令官をパリ市庁舎にむかえたトレ氏などの尽力によって、ここまで整理されてきたものです。社会主義国ならば、とうにりっばな博物館が建つところですが、国家の援助がまったくないなかで、博物館建設のためにカンパを募ってすすめているというのです。人民の歴史の保存のためにそそがれている地道な努力には頭がさがります。

 闘争のなかで生まれ愛唱された歌も

 また、パリ解放記念日前日の八月二十四日、同委員会は、レジスタンス闘争のなかで生まれ、愛唱された歌を集めたレコードを発表しました。
 収められている歌は十四曲。「リモージュ行進曲」という行軍のときにうたわれた意気さかんな歌から、「シモンヘの手紙」という、兵士が婚約者への愛を歌った甘い曲まで収められています。これは、全国をまわって歌を録音し、楽譜をつくるという、地道な作業をへて完成したものです。定価は四十フラン(約二千円)。
 全曲きかせてもらいましたが、どれも感動をよぶものばかり。日本で紹介されれば、「新しい歌」「フランス人民の歌」として愛唱されるだろうと思いました。
 (パリで緒方靖夫特派員)

<『赤旗』1979.9.16>
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