佐木秋夫先生をしのぶ

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 佐木秋夫先生をしのぶ
                     大島博光

 佐木秋夫先生が去る八月二十日に亡くなられた。私はすばらしい先輩を失い、すばらしい呑み友だちを失ってしまった。吉祥寺の街や井の頭公園あたりを瓢々と歩いている先生に、ひょっこり出会うことも、もうできない。そうして連れ立って呑みにゆくこともできない。
 思えば、どんなに多くの楽しい時を共にし、どんなに多くの教えやはげましをわたしは受けたことだろう。
 先生は天皇制や国家神道の虚妄、虚構、まやかしをあばいて倦きなかった。
 自民党の閣僚どもが靖国神社に大挙して公然と参拝したときなどは、憲法の政教分離の条項に違反する点を明快に論じて、それは再び天皇制軍国主義復活の道をひらくものだ言って、その腹黒い野望の本質をあばいてみせた。
 そういう時の、先生の文章が若わかしくモダンであることに、いつもわたしは驚嘆した。たとえば、敗戦後の日本の宗教的状況を先生はまるで詩のように描いてみせた。
 原子雲がタカマガハラを吹き抜けて、焦土の上に八百万の神をいちどにぶちまけた──とでもいうように町にも村にも、至るところに「神が現れた」。(佐木秋夫『宗教と時代』白石書店十二ページ)
 先生はまた「神を信じる者と信じない者」との共同について、心広い提言をもって呼びかけ、むろん自らもそれを実践した。そういう点で、先生は極めてイニシアチーブ・発案・発想に溢れた実践家でもあった。
 『宗教と時代』に収められている「死について」というエッセイを私は愛する。キェルケゴールについてこう書かれている。
 ・・・頭をあげはじめたプロレタリアートをまのあたりにして、かれら(ブルジョアジー)はふたたび中世的な暗黒の衣を身にまといはじめたのである。この二つの相闘う階級の中間に位する小ブルジョアが、敏感にこの動揺に反応を示した。
 キェルケゴールによって早くかかげられ、・・・大いに流行している実存主義的傾向はまさしくこの動揺しつつ没落していく小ブルジョアのものである・・・。
 キェルケゴール・・・においては、人間は「死に至る病」を病むものとしてこそ成り立つ、と見る・・・人間の個的主体としての一面をこのように不当に拡大する出発点においてすでに、キェルケゴールは問題を自分の土俵に引きずりこんでしまう。なぜなら、このように自然的・社会的現実から切り離された自己は、小ブルジョア的な根なし草そのものの姿だから・・・
 少し引用が長くなったが、ここには唯物史観に立っての明快な分析がきわ立っている。その分析によって、キェルケゴールの実存主義の本質がみごとにバクロされているのである。
 佐木先生はもういない。しかし先生が語ったこういう真理・真実は、これからもわたしをはげまし、わたしをたたかいへと勇気づけてれるであろう。
 佐木先生、静かにおやすみください。 (一九八八、九月)
  (フランス文学者、詩人)

<1989.2.26掲載誌不詳>
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