記念すべき詩誌『歌ごえ』 

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博光は戦後の詩人としての再出発にあたり、詩誌『歌ごえ』を昭和23年に発行した。『歌ごえ』前後の北信地方の詩人の活動について青山伸が書いている。
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 敗戦翌年の二十一年一月、北信地方の地元や、疎界していた詩人たち、鈴木初江、岡村民、小出ふみ子、大島博光、穂苅栄一、篠崎栄二、田中聖二、武井つたひ、らが同人となつて、詩誌としては全国最初の発行である「新詩人」を出した。これらが現在まで十数年、百七十号近く続けられたのは、小出ふみ子の詩に対する強い熱情と努力にほかならず、敬服する。北信や県下ばかりでなく、同人会員は全国に及んで、ここから数多くの詩人が生れた。なお、そのほかNHKの詩の選者をはじめ、詩のグループやサークルの指導にと、小出の存在なくしては「新詩人」はありえないだろう。
 二十一年三月、更埴市の武井つたひ方で、北信詩人協会を結成し、季刊誌発行。それがどんなものであつたか詳でない。
 二十一年十月、大島博光、武井つたひ、高橋玄一郎、田中聖二、穂苅栄一らによつて、全信州詩人連盟がつくられた。現在の県詩人協会のさきがけであつたろうか。この連盟がどのような経果や盛衰をたどつて消えてしまつたのか、先輩詩人に聞きたいものだ。協会を運営発展していく上に参考となるだろう。
 二十三年一月、大島博光編集による詩誌「歌ごえ」が長野市から発行された。これには社会主義或は民主主義の詩人らが集り、自由、平和、独立の名のもとに、戦争中、うたう事は勿論、沈黙さえもゆるされなかつた、弾圧された詩人たちが、高らかにうたい始めた。
 この「歌ごえ」と大島博光の人間的魅力が相ともなつて、この北信地方の労組や地域サークルの詩人たちへの刺戟となり、大島を中心とした若い詩の書き手が力強く育つていつた、記念すべき詩誌とも言える。
 私の手もとには「歌ごえ」の三号一冊のみ残つているが、大島博光、浅井十三郎、壷井繁治、岡村民、植村諦、サカイトクゾーら現在も活躍している戦前からの詩人がいる。
 ちようどこの頃、新日本文学会長野支部結成の動きがあり、その運動のために東京から来た壷井繁治や、長野にいた大島博光などを囲んで、座談会を開いたのに刺激されて「高原文学」を発行した。詩人からは、穂苅栄一、立岡宏夫、井上志朗が編集同人となつて参加した。(以下略)

(『長野県年刊詩集』1960 ──戦後・長野県詩人の活動 北信地方/青山伸)

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