パリ・コミューン 血の週間 (9)──「連盟兵の壁」/Commune de Paris_Semaine Sanglante

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 五月二十六日、金曜日は、とうとう雨が降り出した。
 朝方、ラ・ヴィレットのヴェルサイユ軍は、オーベルヴィリエ街を突破してガス工場を占領する。ほかの部隊は、ヴァンセンヌ鉄道の線路沿いに前進し、もう一隊は、マザス大通り(こんにちのディドロ大通り)を通って、フォブール・サン・タントワーヌにはいる。
 バスティーユ広場では、連盟兵たちは六時間にわたってバリケードを死守したが、バリケ一ドの上は死者の山となり、午後二時、ついにバリケードは潰(つい)えさる。
 コミューン派は、労働者街メニルモンタン地区のアクソ街に追いつめられる。コミューン側のゴワ大佐は、十人の司祭と三人のスパイと三十七人のヴェルサイユ軍の将兵から成る五十人の人質を捕えてきて、銃殺しようとした。しかし、ウード、ヴァレス、ヴァルランなどが、その無用な虐殺に反対した。しかし、人質をとりまいた群衆は、ヴェルサイユ軍の残忍さに激昂していた。ひとりの男が叫んだ。
 「やつらはもう八日間も、おれたちの仲間を殺しまくっている。この連中を見逃してやるというのか」
 とつぜん、一発の銃声がひびいた。十九歳の娘が、ひとりの人質を射ち倒した。つづいて、何人ものシャスポー銃が、命令なしに、火を吹いた。
 同じこの日、ヴェルサイユ軍のシセイ将軍は、代議士ミリエールを私怨によって銃殺させる。ミリエールはコミューンには無縁のひとで、かつて調停役をひきうけようとしただけであった。かれはパンテオンの階段に膝まずくように命令されたが、拒絶した。「人類万歳! 人民万歳!」と叫びながら、かれは倒れる。
 二十六日の夜から二十七日にかけて、ヴェルサイユ軍は前進をつづけ、トローヌ広場を奪取し、フォブール・デュ・タンプルを占領する。アルルマーニュ街のバリケードは放棄される。いまや、ヴォルテール大通りの入口に据えられた六門の大砲が、第十一区役所に砲撃を加えている。
 アクソ街では、コミューンの残存議員たちによる二度目の降伏が提案される。ヴェルサイユ軍の虐殺をやめさせようという願いからである。しかし、コンスタン・マルタンは言った。
 「将来、コミューンが偉大とされるなら、それは敵との交渉も妥協もなく、最後まで闘ったことにあるだろう。」
 たくさんのコミューン戦士たちが、この考えをうらがきしている。ランヴィエは叫ぶ。
 「議論する代りに、闘おう!」
 正午、ヴェルサイユ軍はベルヴィル街に進出する。
 ビュット・ショーモンの、コミューン側の大砲は、砲弾が尽きて、四時に沈黙する。
 二百人の連盟兵が死守していたペール・ラシェーズ墓地は包囲される。夕ぐれの六時、墓地の門扉が、砲撃でうち破られるや、ヴェルサイユ軍は墓地になだれこみ、墓石と墓石のあいだで白兵戦が演じられる。やがて、百四十七人の連盟兵が、墓地の北東の角の壁ぎわで銃殺される。この壁は、「連盟兵の壁」として、こんにちなお、コミューン戦士をしのぶ巡礼の地となっている。

(つづく)

パリ・コミューンの詩人たち
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