血の週間(11)ユゴー「バリケードの上で」 Victor Hugo "Sur une barricade, au milieu des pavés"

ここでは、「血の週間(11)ユゴー「バリケードの上で」 Victor Hugo "Sur une barricade, au milieu des pavés"」 に関する記事を紹介しています。
 ヴェルサイユ派の新聞「フィガロ」の六月三日付の紙上に、つぎのような記事が見られた。
「タンプル街の、あるバリケードが軍隊によって奪取され、数名の捕虜が、ナザレ街のカフェ・ドダールの前に引っ立てられてきた。そのなかに十五歳位の子供がいた……」
 この平板な記事から、ヴィクトル・ユゴーはつぎのような感動的な詩をつくり出したのであった。

 バリケードの上で
                      ヴィクトル・ユゴー
  
罪ある血(1)に汚され 無垢な血に洗われた
舗道のまんなかに聳えたバリケードの上で
十二歳の子供がひとり 大人といっしょに捕(つかま)った
「おい おまえは こいつらの仲間なのか?」
「ぼくらはみんな仲間だよ」子供は答えた
「よし おまえも銃殺だ 順番を待っていろ」と将校が言った
子供は眼(ま)のあたりに見る 銃口が火を吹いて
仲間たちが 壁の根もとに 崩おれるのを
子供は将校に言った 「ぼく この時計を
お母さんの処へとどけに行っていいですか?」
「ずらかる気だな」「ぼく もどってくるよ」
「小僧め おじけついたな 家はどこだ?」
「向うの泉のそばです ぼく もどってくるよ」
「行きやがれ! ふざけた奴め」子供は飛び去った
「見えすいた計略さ」兵隊も将校もどっと笑った
その 兵隊どもの 笑い声にいりまじって
死んでゆく人たちの 断末魔の喘(あえ)ぎが聞こえた
しかし 笑い声ははたと止んだ 突然あの蒼白い子供が
ひょっこり姿を現わし ヴィアラ(2)のように堂々と
壁を背にして叫んだ 「ぼくはここにいるよ」

ばかげた処刑は恥辱になる そこで将校は赦(ゆる)してやった
子供よ 善をも 悪をも 英雄をも 悪党をも
すべてを巻きこんで 吹き荒れる嵐のなかで
何がおまえを この戦闘に駆りたてたのか
わたしは知らぬ しかし わたしは言おう
おまえの無邪気な魂こそ 最も気高い魂なのだと
おまえは 地獄のどん底で 二歩を進めた
母親への善良な一歩と 死への勇敢な一歩を……(以下略)

 注
(1)罪ある血──ヴェルサイユ軍の「悪党ども」の血を指し、「無垢な血」とは、犠牲者たちの血を指す。
(2)ヴィアラ──ジョセフ・ヴィアラは一七九三年、フランス大革命でたたかって、王党派によって虐殺された。時に十三歳であった。

 コミューンの詩人たちは、「血の週間」の悲劇を身の毛もよだつようなイメージに描くことによって、ブルジョアジーの残忍さを「永遠の曝し台に釘づけにしている」のである。

<新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』──血の週間 "Les Poètes de la Commune de Paris">
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