パリ・コミューヌとヴイクトル・ユゴー ──(8)銃殺された人びとVictor Hugo "L’Année terrible"

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  銃殺された人びと
                     ヴィクトル・ユゴー

 タキトスを必要としホメロスを駆りたてた戦争!
 勝利は 即決処刑の虐殺によって仕上げられる
 満ち足りている連中は 猛り狂って言うのだ
 ──不平不満を鳴らす奴らを片づけてしまえ──
 アルセストはきょうフィラントに銃殺された
  いたるところに死 しかも嘆きの声ひとつない
 おお 熟れる前に運命に刈り倒された小麦畑よ!
 おお 人民よ!
   その人たちは怖るべき壁の前にひったてられ
 その人たちはまさしく逆風になぎ倒された
 銃を構えた兵士に男は言う──兄弟 さようなら
 そして女は言う──夫は殺された もうたくさん
 夫がまちがっていたかどうか わたしは知らない
 しかしわたしたちは二人とも不幸を引きずっていた
 夫とわたしとは おなじ鎖でつながれた仲間だった
 あのひとを奪いとるなら もう生きていることはない
 夫が死んだからにはわたしも死なねばならない──
 そうして四辻には 屍が山と積みあげられる
 陰鬱な銃殺隊の間を二十人ほどの娘たちが通ってゆく
 娘たちは歌う その無邪気な落ちつきと優しさに
 群衆は驚き不安に駆られる ひとりの通行人が
 身ぶるいして いちばん美しい娘にたずねる──
 きみたちはどこへ行くのです──娘は答える
 ──きっとこれから銃殺されるんでしょう──
 陰気な銃声やざわめきが ロボオ兵営から上がる
 それは 墓をひらいては閉ざす雷鳴なのだ
 たくさんの人が機関銃に射たれ 泣くものもいない
 死神が彼らに手を触れるやいなや その人たちは
 冷酷で不完全で悲しいこの世界から急いで逃げだし
 そして自由になるのを喜んでいるように見える
 立ち上がってよろめく者はいない このおなじ壁に
 祖父と孫とがいっしょに立たされる 祖父は敵をののしり
 亜麻色の髪の元気な子供は笑いながら叫ぶ──撃て──!

 その嘲笑 この劇的な侮蔑は一つの意志表示だ
 予言者がそこで身を滅ぼす謎よ! 氷の深淵よ!
 彼らは人生に執着しないのだ その人たちには
 この世から 出てゆくことは大したことでないように
 そんな風に この人生はつくられているのだ
 五月のさなかで すべてのものが生きたいと希い
 春の優しさに身も心も溶けあわせたいとおもう
 あそこの娘たちは薔薇を摘みに行くだろう 
 子供たちは明るく輝く光のなかで遊びまわり
 あの老人の冬も 陽(ひ)の光に溶けさるだろう
 人びとのこころは 花を摘む籠のように
 香りや 蜜蜂の羽音や 小鳥たちの歌や
 花ばなや 陶酔や春で みちあふれるだろう
 みなが胸のときめく愛とあけぼのにあやかるだろう
 それなのに この光と陶酔のうるわしの月に
 おお その恐怖! 突如として死神が立ち上ったのだ
 この大いなる盲者 眼もない仮借もないくら闇が
 おお 人びとは空の下で叫び 身をふるわせ
 泣き声をあげて どれほど助けを求めたことか
 復讐の鬼と化したやからを憎む国民に向って
 めちゃくちゃな人殺しと盲滅法の戦争を憎む
 全フランスと われらすべてのものに向って!
 なんとその人たちは目に涙をたたえ 腕をねじ曲げ
 手をひきつらせて哀願し
 壁にへばりつき 道ゆく人にしがみついて
 逃げようとし 震えながら墓穴を拒んで わめいた
 「おれたちは殺される どうか助けてくれ」
 いや 彼らはいま起きていることには無縁なのだ
 彼らはおのれを連れてゆく死神をじっと見つめる
 なんと 彼らは死神に驚くふりさえ見せてやらぬ
 彼らはずっと前からこの幽霊を想い描いてきた
 彼らの墓穴は 彼らの心のなかに据えられていた
 来るがいい 死神よ
   われらといっしょにいると彼らは息づまるのだ
 彼らは出発する われらは彼らに何をしてやったか
 泣こうともせず 叫び声ひとつあげず 未練もなく
 こうしてすべてのものをあとにして行くとは
 おお なんということだ われらは何ものなのだ?
 われらは泣く 彼らは処刑に向けて準備ができていた
 すぎた同情がなんの役に立とう? おお、この暗闇!
 この陰惨な時を前にした彼らにとってわれらは何ものだったのか
 あの女たちをわれらは守ってやったか 膝のうえに
 あの裸かで震えている子供たちを抱きあげてやったか
 子供たちは勉強することができたか 読むことができたか
 無知は ついには妄想を生むにいたるのだが
 われらは彼らに教え 愛し みちびいたか
 彼らは寒さに震え 飢えはてていたのではないか
 そのためだ 彼らがきみらのチュイルリーを焼き沸ったのは
 あの傷ついた魂たちの名において そうわたしは断言する
 わたしは見せかけやいつわりの喪には無縁の男だ
 崩れ落ちた宮殿よりも死んだひとりの子供に心動かす男だ
 飢えのため 彼らは怖るべき瀕死の境にあって
 わが身を嘆かず 相変らず底知れず 怖ろしげで
 微笑みを浮べて 冷然とし 昂然としている
 そして彼らはほとんど進んで殺されるに任せるのだ
 思ってもみよう きょう殺されるこの不幸な人たちには
 生きるよろこびもなかったが 絶望もなかったのだ
 みんなの運命が彼らの運命に結びついているはずだ
 兄弟たちよ あの世で不幸でもこの世では幸福を!
 ああ みじめな人たちに人生を愛させよう
 さもなければ釣り合いがとれぬ 真の秩序 恒久の法
 根づよい風習 心地よくしかも力づよい平和
 そのすべてをきみらは満足した貧乏人のなかに見いだすだろう
 夜は星という手がかりをもった ひとつの謎だ
 探そう 苦しんでる人たちの心の奥があらわになる
 仮面をつけたスフィンクスが赤裸々な姿を現わす
 片方が暗く 片方が明るい この奇怪な問題は
 窓を半ば開き そこから深淵の燃える炎が射しこむ
 思ってもみよう 彼らの上には経帷子(きょうかたびら)が投げられたのだから
 よく考えて理解しよう わたしは言うのだが
 これらの亡霊のさまよう社会は安穏(あんのん)ではない
 亡霊たちの笑いはあらゆる徴侯のなかでも怖るべきものだ
 そうしてあの易々として死につく不気味さを
 この世からなくさぬかぎり 震えおののかねばならぬ

 訳注1 タキトス──口ーマの歴史家
   2 ホメロス──口ーマの叙事詩人。「イラヤッド」「オデッセイ」の作者とされる。
   3 アルセスト──モリエールの「人間嫌い」の主要人物。頑固一徹で真面目な人間の典型。
   4 フィラント──「人間嫌い」の登場人物で社交界の男。人の気に入るためには真実をも犠牲にしようとする。
 (おおしま ひろみつ・詩人)

<『文化評論』1982年12月号>
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