死とたたかう生と愛の歌 ──アラゴンの『眼と記憶』について(下)About Louis Aragon "Eyes and Memory"

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  『人生は生きるねうちがある』

 第二のうたには『人生は生きるねうちがある』という題名があたえられている。
 第一のうたで、外部世界の死滅、いわば世界死がうたわれたのにたいして、ここでは、人間そのものの死と、死後のしずけさがうたわれる。詩人はここで、死に面とむかいながら、かれ自身の生をみつめ、吟味せずにはいられない。

 しあわせのひとときや 白熱のまひる時や
 ひき裂かれた 暗い はてしない夜など
 すべてを言いつくさずに いつかこの世界から
 わたしが出ていくのは やはり不思議なことだ
 この世界を信ずるほどに たいせつなことはない
 わたしとおなじような心をもった人たちがやってくる
 かれらも草の葉をなで きみを愛するとささやき
 タやみのなかで 声をひそめて 夢みるだろう

 さらに、この詩のうちでも、もっともひびき高い、感動的な詩句で、詩人は死後の世界を夢みる。

 相かわらず、悦びにふるえる恋びとたちがあり
 二人のさいしょの夜明けとなる朝があるだろう
 相かわらず 水が流れ 風が吹き 光りが射し
 通りすぎてゆくひとのほか 何も過ぎさりはしない

 つづいて、人生のあらゆる苦悩、苦痛、「呪われた日々」のことがうたわれる。

 そうだ それは一瞬 短かいように見えよう
 われらのいのちは 酒杯から溢れる酒のように
 溢れこぼれてゆく 悦びと苦しみから成る
 海も われらの渇きを 癒しきれはしない

 しかもなお いくら時が むごからうとも
 いやおうなしに背骨ある重い袋に生まれつき
 ひとは もだえくるしむ心を生きるのだ
 くちもとをゆがめさせる つらい悩みを

 …………………………

 底なし井戸にも似た 呪われた日々にも拘らず
 憎しみをじっとみつめる はてしない夜々にも拘らず
 じぶんたちのしでかしたことにさえ気づかない
 手錠をもった裏切者と 敵どもにも拘らず

 …………………………

 この地獄のあらゆる悪夢と 傷ぐちと
 生き別れ 死に別れ 辱かしめにも拘らず
 そうして おろかな信仰を天にむけて
 ひとびとが希い 祈ってきたすべてにも拘らず

 詩の調子はだんだん暗く、韻律も、もう歌うしらべをうしなってくる。そうして、人生のあれらのくらやみ「にもかかわらず」、詩人はさいごに、なお生をふかく肯定する壮重な楽章をかかげる。

 しかもなお わたしは言おう この人生はこうだったと
 わたしがいま語りかけ わたしに耳傾けてくれるひとに
 くちびるにはただ ありがとうの一語を浮べながら
 わたしはなおも言うだろう この人生は美しかったと


 このほとんど悲壮な、さいごの二行ほど、ほとんどかすれたような深い詩人の声で、ひとのこころをゆさぶるものはない。(未完)

<『ポエトロア』8集 1956.8>
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