死とたたかう生と愛の歌 ──アラゴンの『眼と記憶』について(中)

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この人聞の破滅につずいて、詩人は「影をなくなした男」べーテル・シュレミールを思いうかべる。

 それは べーテル・シュレミールのさかしまだ
 ここでは影が その人間をうしなったのだ……

 この詩句について、べーテル・シュレミールについて、アラゴンはながい註を書いている。
 「フランス系のドイツ作家、アデルベール・フォン・シャミッソ一によって、一八一三年に書かれた幻想的な短篇小説『ペーテル・シュレミールの不可思義な物語』は、「影をなくした男」の物語である。アデルベール・フォン・シャミッソ一は、ドイツ名で、フランスの亡命貴族の息子、ルイ・アデライド・ド・シャミッソ一であっ
た……かれは、その貴族の出身にもかかわらず、フランス革命の賛美者であり、フランスの占領にたいするドイツの民族闘争の時代には、かれは身をひきさかれるような状態におかれたのだ。一般に、この短篇小説は、友人の家族たちのために書かれた、たんなる気晴らしの物語ぐらいに見られてきた。わたしとしては、これが書かれた時代が、前述したように、ひじように悲痛な時代であったことを考えあわせて、じぶんの影をなくなした男とは、ひとの思う以上に、悲痛で、人間的なひとつの象徴であるように、いつもわたしには思われる。この短篇小説の初版から廿年後、(一八三四年八月、ベルリンで)シャミッソ一はつぎのように書いたではないか。当時、かれはすでに

 ……灰いろの髪をしたひとりの老人

 で、五十三才であり、かれのつぎのような言葉は、祖先たちの祖国、生れた祖国にたいする、この詩人のやむにやまれぬ愛着によってこそ、よく説明されうる。その言葉はこう書かれている。

 ……わたしはもっている、生れた時からわたしにある影を
 わたしは決してわたしの影をなくしはしなかった……

 シュレミールの「影」とは、したがって、亡命家の祖国だったのではないか。かれは、かれに影を返してやろうという悪魔のことばをことわる。そうして、じぶんの影を売った代金をうけとらす、影ももたずに、ひと足で、七里行く長靴で、かれは世界を歩きまわり、……人類と自然に通ずることによって、うばいとられた影をつぐなおうとするのである。
 これらのことは、この註の論外と見えるかも知れない。この註は、べーテル・シュレミールを定義して、ひとつの影像を理解する助けとなれば充分であるかに思われる。だが、作者はこの意見に組しない。黙示録風な馬たちにたいして、あらゆる機会をとらえて言わなければならない。ひとりのドイツの大詩人が、かれのフランスの影をまもり、みずからそれに似てはいたが、ぺーテル・シュレミールであることをこばんだと。」
 これらのながい詩は、たんに一行の詩句を説明し、比喩をときあかしているだけでなく、その背後のふかい意味を読者が見いだし、そこに秘められている詩人の夢へ読者をみちびく助けとなっている。それは、時人がどのようにして、ひとつの影像をつくるかを、よくもの語っている。(わたしは、これらの詩句と註をよんだとき、あのヒロシマの石だたみに灼きつけられた影を思い出さずにはいられなかった。そのとき、

 ……それは ベーテル・シュレミールのさかしまだ
 ここでは 影が その人聞をうしなったのだ

 という詩旬が、なんという真実性と、ふかい意味をもって、わたしに迫ってきたことだろう! ここにこそ、詩における影像のふかいカがあるといえる。)
 アラゴンがこの詩をかいていたとき、かれの念頭にヒロシマがあったことは、つぎの詩句からあきらかである。

 …………………………
 わたしたちの この試錬には
 もはや 病院も 手術もやく立たない
 ヒロシマ廃墟の図 そのまま

 詩人は、原水爆による破滅と廃墟のあらゆる影像をくりひろげたのち、死とたたかう愛のうたを、悲痛なさけびでひびかせている。

 だがたとえ 歌が煙のように消えいこうと
 誰もわたしに耳傾けなかろうと どうなろうと
 街には 足音が.とだえようと
 気も狂わんばかりの くるおしきで
 わたしは 歌を うたいつずけよう
 愛のうたで おまえにこたえよう
 愛するひとよ わたしのただ一つのこだまよ

(つづく)

<『ポエトロア』8集 1956.8>
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