死とたたかう生と愛の歌 ──アラゴンの『眼と記憶』について

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死とたたかう生と愛の歌 ──アラゴンの『眼と記憶』について

                           大島博光
 『赤い馬』にこたえて

 長詩『眼と記憶』のとびらには、「『赤い馬』の作者におくる」という献辞がしるされている。この献辞はそのまま、この詩の書かれた時代と、その歴史的背景をしめしている。
 エルザ・トリオレの『赤い馬』があらわれたのは、一九五三年のすえであった。そうして、『赤い馬』にたいする詩による答えとして、一種の対位法として、『眼と記憶』が、かかれ、あらわれたのは、一九五四年のおわりであった。
 この詩の主題は『赤い馬』のそれとおなじく、こんにち、人類のうえに課せられている巨大な問題、つまり原水爆と人類という問題である。しかも、人類の史上で、かつてこれほど深刻な、重大な問題はなかった。原水爆によって、人類は、人類そのものの消滅、人類そのものの否定に、いまや面とむかっている。それと同時に、原子力を平和的に利用するという面では、人類は、すばらしく人間的な、あたらしい時代の夜明けまえにいるのだ。
 この現代の、深刻な苦悩をまえにして、アラゴンは、ふかい人間的な意欲にもえた、ぼうだいな詩『眼と記憶』をかいた。死とたたかう生活のうた、未来と、可能な幸福の偉大なうたを。
 約二千行におよぶ、このぼうだいな詩は、世界破滅の影像を、ありありとえがきだしている冒頭から、平和の勝利をうたい、予言する最後の詩句にいたるまで、ぼうだいな交響曲のように、進行し、展開する。偉大ないくつかのテーマ、それに応じたいろいろな韻律と調子、変曲をおりまぜて、読むものに深い共鳴をよびおこさずにはいない深さと密度と、また高いひびきとをもって、展開する。その内容からいえば、個人的な生活、詩人の内面的な、個性的な生活
から、国民と人類の問題へと、この詩はみごとな調和をもって展開する。
 この詩には、ひとりの人間の全生活がうたわれている。友人として、愛人として、詩人として、そうして党活動家としての、ひとりの偉大な人間の全生活がうたわれている。そのひろい知識と、その苦悩と悲痛と、その愛と善意と──ひとりの人間の全経験がうたわれている。このひとりの人間は、ひとびとの歴史のなかへととけこんでいる。未来へむかって前進するひとびとのなかにくわわっているのだ。

 『最後の審判はないだろう』

 最初の詩は、『最後の審判はないだろう』と題されている。この詩で、詩人は、

 ああ、愛するひとよ 世界さいごの日にもせめてわたしの声が おまえに答えてくれるように

という、ふかい愛のひびきにみちた言葉で、『赤い馬』の作者トリオレにこたえながら、つずいて、世界さいごの影像をえがきだしている。

 もはや 夏もない 冬もない
 青空もない みどりの森もない

 未来も 約束も むなしく裏切られ
 すべては 灰のいろを おびる
 歌うたいが きかせてくれるのは
 怖れと くるしみと 砂漠のうただけ
 おお わたしの祖国よ ふかいため息がもれる
 ポンペイ最後の日にも似たこの日
 美しい女さえ 惨めな顔にかわりはてる

 詩人は、その愛するひとたちの死のすがたと、愛するパリの街々の廃墟のすがたを想いみる。

 まだ立っている家々も
 ゆすれ ゆらぐ はてしない墓場
 こいびとたちは まだいつしよにいるが
 いつまでたとうと 夜は明けない
 わたしらの生きている子どもたちもまた
 もう 飾り画にしかすぎなくなる
 泥まみれの一枚の墨絵にしか

 もはや ものを見る 生きてる眼もない
 夕ぐれも もはや 夕ぐれではない
ルェイユから ヴァンサンヌへと
そのうつろな手のひらをひらいたパリ
セーヌ河を 河岸を 思いみるがいい
並木通りを おもい浮べてみるがいい
この死の眠りは 翼のひとはばたきでつくられる
辻つじに ひび割れた心臓が横たわり
石だたみの一つ一つに 見知らぬひとが倒れ

 ついで、原爆によるおそろしい死の情景がうたわれる。詩人は、おそらくヒロシマの写真を思い出しているのにちがいない。

 もはや 脈うつものもない 血の気あるものもない
 もはや あたりを占めるのは 空虚だけ

 チュレリーの公園で 思いみるがいい
 おそろしい 眼かくし鬼ごつこを
 わたしたちは あの霧でしかなかつたのか
 わたしは見た 写真のなかで
 さっと吹すぎる原子の風で
 叫びもあげず 胡粉よりもかるく
 人間の存在が ふっとぶのを
(つづく)

<『ポエトロア』8集 1956.8>
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