ネルーダ『大いなる歌』Ⅲ. 征服者たち──インカの最期

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 インカの最期
            
断末魔は カハマルカ*1で始まった             
青い蕊(しべ) 秀(ひい)でた樹木 若きアタワルパ*2は
風の便りに ざわめく鉄の音をきいた
得体の知れぬ閃光が
海の方で 揺らめいていた
それは 草原のなかで 地面を蹴あげる
強力な騎馬の一隊であった
隊長たちが到着した
インカは 貴族たちに囲まれて
奏楽のなかを出てきた
ほかの星からやってきた 汗くさい
ひげを生やした訪問者たちが
敬礼をささげにきた
腐った山犬 心よこしまな神父ヴァルヴェルデ*3は
一切れの寵細工(かございく)のような奇妙なもの*4を差し出す
それは あの軍馬がやってきた
ほかの星の木の実ででもあったのか
アタワルパは それを手にとるが
どうするものか わからない
それは輝きもしなければ 音もたてない
かれは微笑(ほほえ)みながら 地に投げ捨ててしまう
『死だ 復讐だ 殺せ
わしが許すぞ』
山犬が 人殺しの十字軍に叫んだ
命令は雷鳴のように兵隊どもに伝わった
われわれの血は 揺藍(ようらん)の中にとび散った
この瞬間にも 皇子たち*5は 聖歌隊のように
断末魔のインカをじっととり巻いていた

剣と十字架のもとに
百千のペルー人が仆(たお)れた
血は アタワルパの服を濡らした

冷酷なエストレマドラの豚飼い ピサロ*6は
インカの両手を綴りあげた
夜がペルーの上に降りてきた
まっ黒い墨のように

*1 カハマルカ ペルー北部の都。ピサロはここに宿営を置き、一五三二年十一月十六日、アタワルパ皇帝をおびき出す。
*2 アタワルパ インカ帝国最後の皇帝。
*3 ヴァルヴェルデ 従軍神父ビセンテ・デ・ヴァルヴェルデは片手に聖書、片手に十字架をもってアタワルパの玉座に近づいて、キリスト教に改宗するように申し入れる。
*4 奇妙なもの 聖書を指す。
*5 皇子たち 異母兄弟のワスカルを指す。このワスカルとアタワルパの内紛を利用して、ピサロはインカ帝国を征服することができた。
*6 ピサロ フランシスコ・ピサロ。南スペインのエストレマドラ地方のトルヒーヨという村に生れ、豚飼いとして少年時代を過す。

(角川書店『ネルーダ詩集』──「大いなる歌」)

   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇ 
 強大を誇ったアステカ王国やインカ帝国も、スペイン征服者たちの攻撃にあうと、一瞬のうちに崩壊し去った。
 一六世紀このかた、南アメリカ諸国の人民にのしかかった不幸と悲劇ほど言語に絶したものはない。とりわけインカ帝国崩壊の歴史ほどに、スペイン征服者の残虐さと非道な収奪を物語っているものはない。
 一五三二年一一月一五日、スペインの豚飼いフランシスコ・ピサロは、歩兵一一〇名、騎兵七六名の手勢を連れて、ペルー北部のカハマルカに着いた。そこには若きインカ皇帝アタワルパが軍を進めて滞在していた。ピサロはアタワルパの陣営に便者を送り、腹黒い陰謀をかくして「スペイン軍はキリスト教をひろめるための平和使節である。皇帝のご協力を乞い願いた
い」という書面を提出し、内乱の平定に助力することを約束した。その答礼として、アタワルパは武器をもたない部下を連れて、ピサロを訪問する。ピサロはこのとき初めて披の意図を部下にもらし、兵力を配置して、アタワルパを瞬間のうちに生捕りにする。
 ネルーダは、この悲劇を「インカの最期」のなかに描いている。胸えぐるような悲壮なしらべで。

(『パブロ・ネルーダ』──『大いなる歌』)
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