パリ・コミューヌとヴイクトル・ユゴー ──「怖るべき年」にふれて(7)

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 ユゴーが最初コミューヌにたいしてとった用心ぶかい態度はまちがいなく指摘されるだろう。コミュナールたちが立ちあがったとき、彼は彼らとともにいなかった。彼はコミュナールたちを、指導者によってまどわされた者たちと見なした。……それはみな言われたし、まったくその通りである。しかし、パリ・プロレタリアの

 あの易々(いい)として死につく不気味さ

 とうたったユゴーの驚きのなかには、コミューヌ戦士の勇気にたいするユゴーの讃嘆がある。そこには、かれの詩のなかに描かれている階級的弾圧にたいする恐怖がある。そこには、恩赦をもとめる悲壮な要求があるばかりでなく、ユゴーの人民の側への公然たる移行がある。
 こういうユゴーの肖像を、アラゴンはつぎのようにみごとに描いている。

 「パリ・ミューヌの始まった時、ユゴーはあの『天をも衝く』パリ労働者のひとりではない。かれはひとりのブルジョアであり、上昇期ブルジョアジーの最後の代表者である。彼はあの自由・平等・友愛の諸理念を信じている。かつて彼の階級はそれらの理念をかかげていたが、いまではもう降ろしてしまったことに彼は気がつかない。進歩のために人民を教育することこそ、選良の使命だと彼は信じている。つい前日まで、かれに拍手を送っていた人びとも、かれが『人間』の向上を要求するときには、もはや拍手を送らないということに、かれは気がつかない。なぜならそれからは、『人間』とはまさに天をも衝くプロレタリアだから……」(『あなたはヴィクトル・ユゴーを読んだか』)

 そして「革命の裁く」という詩のなかで、ユゴーは意味深く叫んでいる。
   
 おお 判事らよ きみらはあけぼのの罪を裁く

(つづく)


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