静江最初の返信

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お手紙有難うございました。
ひとり旅からかへった朝の思ひがけないお便り そして「冬の歌」、うれしいやら懐かしいやらで一杯です。なにか やまの中の釣のおくらしなど眼に見えるようで、そうした忘却のなかに静かに完全に沈み込められる純粋さをうらやましくおしのびし乍ら、そうした沈み切られた中の脈搏をしづかにかんじさせて頂いてをります。
このまま旅の足を秋の信濃へとつづけたく、しづかな釣の水際へふうわりと至り佇ち止りたく、しきりに誘はれてしまひます。
うつくしい「冬の歌」久しぶりに うれしくてうれしくて目つむり乍ら しづかにしづかに 読ませて想ひ描かせて頂きました。なにかなみだのあふれてきそうなおもひで。
今日あたり 利根川べりのアカシヤの森に分け入って、歩みつつ よみませうに思ひ乍ら、冷い雨にふりこめられて行きもせられず とぢこもってをります。
私はあれからずっとこの田舎で、さまざまなものにぶつかり乍ら生活してをります。
七月から八月にかけて湯沢の方に旅して以来、しづかな自分の流れもできてきたようで、ひたむきに描きつづけて参りましたが、ここ又行き詰って了って、今、根本的なことにぶつかってをります。旅にとび立ち、深い山に埋れて しづかに見つめてました。何か、そうした自然の中に入っても、眞から浸りきれず、従って、お腹のそこまで沁みわたる感動が出来ず、それゆえに、ほんとうに筆が動かせないで、今迄、頭で、というか、視覚をうろつく程度の美観念で描いてきた自分に、とても嫌悪をかんずるのです。すべてを無くして赤子になって、ほんとうの純粋な感受性をもった人間、原始人のようになって、本当の感動をすべてから受ける様になりたいと思ひます。そしてほんとの腹からの筆をぐーんと動かすのです。そうした明確な自分を持ちたいのです。
三国山脈の法師温泉の山々は、実に実にふしぎな山中で、かたちのない、色と気流だけの感じられるところでした。はかりしれないかずかずの色のうつりかわりには唯おどろくばかりで、空気の密度の細やかさと、いでゆのやわらかさとは、それを感ずることについてさへくるしむ私を、なぐさめてくれたり、勉強させてくれたりしました。実にすばらしい色から色へのふしぎさをもつ山でした。それから川を傳ひ山なみを傳って、水上の山を、清水峠の山を、中里、湯沢、石打へと下り、越後平野のはろばろしさにひらけゆくところに立って、深呼吸をしおわって、山なみづたひの旅を折り返して戻ったのでした。清水峠の山々はかたちからくるスケールの大きさと、荒々しい濃度をもつ色感とで、何かすがすがしいものを流しこんでくれました。いま、一息ついたところで山々への回想を、りんどうのにほひにうかべてゐると云ったところです。お会ひ出来たらいろいろお話し度いです。
十一月、十二月と、くらい冬が来る前に、信州をお訪ねしたくおもひます。
ではおからだにお気をつけ下さいます様お祈り致します。
楊先生も「母恋しくなり平壌へ旅立ちます」と葉書をよこして旅立たれた様子。みんながさびしいみたいです。
 山の中の御無事をお祈りしつつ。
  十一月三日
                      鈴木静江
大島博光様

 五月以来の信州の御様子、楊さんがお便りを見せて下さったりして、いつもおしのびしてました。春の阿佐ヶ谷の夜をなつかしみつつ おみちびきをおねがひ致します。
いろいろお話できませうと存じます。

   ◇   ◇   ◇   ◇
博光最初の手紙への返事。平壌出身の楊先生が二人の共通の友人で、お互いの様子を伝えてくれていたのでした。
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