マチャード「きみの眼のなかには」

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「20世紀 世界詩を旅する」 翻訳と文・大島博光

 きみの眼のなかには
                   アントニオ・マチャード

 きみの眼のなかには
 一つの神秘が
 燃えている
 はにかみやの娘よ 妻よ

 憎しみなのか 愛なのか──
 わたしにわかろうか──
 きみの黒い箙(えびら)の
 尽きることのない光は

 きみはわたしのそばにいるだろう.
 わたしの身体が
 影を投げる限りは
 わたしのサンダルに砂がつく限りは

 きみはわたしの路上の渇きなのか
 いやしの水なのか
 教えてくれ
 はにかみやの娘よ 妻よ

 アントニオ・マチャード スペイン(1875-1939)

 アントニオ・マチャードは、二十世紀スペインの大詩人である。
 青年時代、パリ滞在中にニカラグアのモダニスム詩人、ルーベン・ダリオと知り合い、影響をうけた。また、フランス象徴派の詩を愛読する。二十歳代に書かれた詩集『孤独』『画廊』は孤独、彷徨、夢想など、ロマンティックな情感にいろどられている。
 「きみの眼のなかには」では、恋人の眼のなかにきらめく光が歌われる。黒い瞳の放つ「尽きることのない光」──この消えやすく捉えがたいものを、詩人はみごとな言葉によって捉え、詩として定着させ、その意味を問う。あかされるのは、愛の神秘、愛の力にほかならない。箙(えびら)とは、矢を入れて背負う道具であり、ここでは黒い瞳をさすと思われる。
 彼の詩集『カスチリヤの野』(一九一二年)がウナムノの激賞をうけて、大詩人としての地位を確立させた。詩集の中の「アルヴァルゴンサレスの土地」という長い物語詩は、カインの末裔となる兄弟の罪と悲劇を描いたもので、父親と弟を殺して土地や財産を奪って所有しても、働いて耕すことを知らない者は生きられないというものである。
 働き者だった父親が殺され、黒沼に投げ込まれた悲劇は、「土を耕した者がその土の下に眠れない」という悲痛なリフレインによって強調される。ロルカはその移動劇団の舞台に立って、しばしばこの物語詩をギターを弾きながら朗詠して、聴衆の涙を誘ったといわれる。
 さて、マチャードの晩年に待っていたのは大きな悲劇だった。一九三七年に始まるスペイン市民戦争である。ファシストたちはいち早くガルシア・ロルカを銃殺して血祭りにあげる。すかさずマチャードは、「犯罪はグラナダで行われた」という美しい詩を書いてファシストを告発し、ロルカの死を悼む。これはスペイン詩史にも残るであろう傑作である。
 その後、すでに年老いて関節炎を病んでいたマチャードは、「わたしは脚のかわりに腕を差し出そう」と言って、人民を勇気づけるたたかいの詩を書きつづける。人民軍敗勢の中、三九年初め、亡命しようとしたこの詩人は難民とともにビレネーを越えて、フランスの漁港、コリウールにたどりつき、そこで力尽きて倒れる。六十三歳だった。
 マチャードは、いまもそこの地中海の見える丘の基地に眠っている。(詩人)
<産経新聞>

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