クララ・ツェトキンとツール大会(下)

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 新しく生まれた共産党は、フランスの知識人たちにとって大きな関心の的となった。アナーキーな立場をとると同時に、革命にたいしてロマンティックなあこがれを抱いていたアラゴンとブルトンもまた、この新しい党にひきつけられる。一九二一年、二人は党の扉をたたく。
 「……ブルトンとわたしは、自分たちを共産主義者とは全くみなさないながら、ブルターニュ街の社会党支部(まだそう言われていた)を訪れて言った。『さあ、ぼくらはあなた方のお役に立ちたいのです。ぼくらは共産主義者ではないんですが、共産主義者になるために、ぼくらにできることをしたいのです。というのは、あなた方は戦争に反対する唯ひとつの党です。ぼくらにとって、それは決定的なのです』」(『アラゴンは語る』)
 しかしこの日二人に応対した支部の男は、その日和見主義によって、二人の入党を思いとどまらせることになる。 

  あの日の午後 わたしはブルターニュ街にいた
  そうだ わたしは何も知らず分りかけたばかりだった
  わたしは事務所を出ると パリの灰色の空の下をさまよった
  そのあたりに 第一インターナショナルの本部があった
  ポール・ヴァイヤン・クーチュリエは言った
  「ひとは遠くからやってくるのだ」と
                    (『眼と記憶』)

 こうしてアラゴンのフランス共産党への入党は六年後にひきのばされる。
 この六年のあいだに何が起きたのだろう。

<新日本新書「アラゴン」>
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