ピカソ バラ色の時代 ──サーカスの時期

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 サーカスの時期

 さて一九〇四年の春、モンマルトルの住人となったピカソは、まだ「青の時代」の主題を扱っているが、スタイルの上には発展が現われてくる。「女と鳥」「貧しい食事」(エッチング)などでは、輪郭は長く伸びて細くなり、人物はほとんど骸骨のように痩せ細っている。「女と鳥」にはすでにバラ色が現われ、秋には「バラ色の時代」が始まる。バラ色の踊子たち、バラ色の軽業師(サルタンバンク)、バラ色の道化役者(アルルカン)たち、バラ色の旅役者たち……
 それはまたサーカスの時期である。それは数ヶ月という短いものではあったが、ピカソのもっとも輝かしい青春であり、名声をかちとる多くの作品を生んだ時期であった。「グラスを手にするアルルカン」「馬に乗ったアルルカン」「大道芸人たち」……色彩は明るくなり、輝きを増し、青味をおびたバラ色を主調にし、背景や衣服の細部にはしばしば強烈なアクセントが与えられる。ここに描かれているのは、サーカス、旅芝居、悲しいお祭り、一瞬のまぼろしの世界だ。ピカソは、それら社会の外にあって、輝いては消えるものに心動かされ、ひととき感動したのである。フェルナンド・オリヴィエは語る。
 「ピカソは、自分にできないもの、自分とはちがったもの、ジプシー、闘牛、いかがわしいキャバレー、下等な寄席(よせ)、道化者(ピエロ)などが好きだったらしい。彼はなんでも、どぎつい固有の色をもったものが好きだった。彼はその特徴のある匂いをかいでうっとりとした……」
 その頃、ピカソはよくモンマルトルのメドラノ・サーカスに通った。しかしピカソのサーカスは華やかでも晴れやかでもない。マックス・ジャコブの言うように、かれの「バラ色のタイツを着た苦行者たち」はむしろ人間喜劇の哀れな、しかし魅力的な悲劇的な象徴であろう。
 アルルカンたちは若く、小娘たちは細っそりとしている。ピカソは舞台の上よりも舞台裏、幕合いの一瞬をとらえる。人物たちはまだ舞台衣裳をきていて、仲間の猿などといっしょに日常生活の姿のままである。(「軽業師の家族と猿」)

<新日本新書『ピカソ』──バラ色の時代>

サーカス

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