ピカソ 青の時代──人生(ラ・ヴィ)

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 人生(ラ・ヴィ

 一九〇三年の春、ピカソは「人生(ラ・ヴィ)」を描く。その題名にかかわらず、描かれているのはカサヘマスの死である。この親友の自殺は彼に衝撃を与えた。それまでバルセロナの「退廃派(デカダン)」にとって単なる議論のテーマにすぎなかった問題が、いまや現実性をもってピカソの意識に入ってきたのだ。そこにはまたゴーギャンの影響もみられる。おそらく「ピカソがモンマルトルの表現主義から普遍的な感情主義へ移行するには、ゴーキャンの影響があずかって力がある」(フランソワーズ・カシャン)
 愛のドラマは抱きあっている一組の男女によって表わされている。若い男の顔はカサヘマスのそれである。彼の性はヴェールによって蔽いかくされている。それは彼の自殺のほんとうの動機を物語っているのだろう。彼は不能で、そのことをひどく悲観していたのだ。
 この一組に向きあって立っているきびしい表情をした女は母性を象徴している。彼女は威厳にみちて、眠っている子供を腕に抱いている。背景には二つの絵が重なっていて、一つは悲しみにうちひしがれた、やはり抱きあった男女であり、もう一つは、同じようにがっくりとうなだれた、ひとりぼっちの女で、それは孤独を象徴している。カサヘマスの悲劇がこの構図のなかから浮きあがってくる。
 筆者はかつてこの作品をオリジナルで見たことがある。この大作(196.6☓129.3センチメートル)の前に立ったとき、わたしはまるで鬼気迫るような迫力に圧倒された。それは複製の画面からうけるものとは比べようもない感動であった。
 それらの人物たちは何んの悦びも表わさずに、なにか問いたげに向きあって、眼を据え口を閉ざしている。ピカソはその問いに答えてはいないが、そこにあのゴーギャンの問いを重ねることができよう。
 「われらはどこから来たのか。われらは何者なのか。われらはどこへ行くのか。」

ピカソ、人生

<新日本新書『ピカソ』──青の時代>
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