ピカソ 青の時代──カサヘマスの自殺(下)

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 一九〇一年の冬、とつぜん怖るべき事件が起きる。親友カサヘマスがモデル女に失恋してパリで自殺したのである。モデル女のジェルメーヌは、彼女を愛した男を狂わせるような女だったという。その時、ピカソはマドリードに行っていた。
 彼は死んだ友人を悼んで、「枢のなかのカサヘマス」「死」「カサヘマスの埋葬」などを描く。それはカサヘマスの自殺という状況からどんなに深い衝撃をうけたかを示している。
 一九〇三年一月、ピカソはバルセロナに帰り、リエラ・デ・サン・ファン街のアトリエに落ちつく。一九〇〇年に、カサヘマスといっしょにいたアトリエである。このアトリエでの滞在は、バルセロナにおけるもっとも実り豊かな「青の時代」となる。当時ピカソが抱いていたペッシミスム、ニヒリスムは、その頃彼が嘗(な)めた貧窮によっていっそう深まっていた。この前のパリ滞在の終り頃(一九〇二年十月)、彼は一文なしで、詩人マックス・ジャコブとヴォルテール大通りの一つの部屋を共有していた。ピカソは昼のあいだ眠り、昼働いているマックスは夜ねむる。部屋には一つのベッドしかなかったからである。サバルテスは書く。
 「彼は、芸術とは悲しみと苦しみの子だと信じている。悲しみは瞑想へとおもむき、苦しみは人生の基調だと信じている。……あらゆる苦悩にみちたわれわれの人生は、苦しみ、悲しみ、貧乏の、相似たような時期を通るのだ、という考えが、ピカソの芸術理論の根本的土台をなしている……」
 ピカソは青にとり憑かれる。青──それは夜の色であり、ノスタルジーの色であり、夢の色であり、死の色である。ピカソは六十年後に回想している。
 「わたしが青で描きはじめたのは、カサヘマスが死んだことを考えながらであった」
 「青の時代」は一九〇一年の冬の、肖像画、母子像などから始まり、一九〇四年までつづく。主題は、ピカソの内面的追求と一致し、人生の謎が描かれる。貧困、孤独、不幸……「海辺の貧しい人たち」「苦行者」「老いたユダヤ人」などにその深い形象がみられる。『カタルーニャのピカソ』の著者プラウは言う。
 「ピカソにおける人間悲惨の描写は、告発の色あいをもつ。」
 「青の時代」の人物は、壁によりかかっていたり、名もない海辺に立っていたりするが、それらの作品には深くスペイン的なものが感じられる。それは恐らく、ピカソが街角や村のなかでじっさいに目撃した人物や場面をとり扱っているからである。そういうデッサンも残っているのである。

ピカソ、埋葬 

<新日本新書『ピカソ』──青の時代>
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